蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

遥かな昔、遠い所で 第4回

両吟歌仙 「春の膳の巻」  
 

独活に蛸酢味噌よろしき春の膳      ろく水

  そよと吹き込む五弁の桜        楽斎

蝶来る窓辺に本の積まれおり        ろく

  学成り難くごろ寝するなり        同

満月を見つけし宵のうれしさよ        楽

  げにすさまじきゴッホの流星      ろく

跳ね橋の袂に咲きたる曼珠沙華        楽

  お春恋しや沖の白雲          ろく

バイカル号いま大桟橋を離れたり       楽

  鞄に潜めしピストル一丁        ろく

議事堂の坂を一人で駆け上がる        楽

  チョン髷断ちたる代議士もいて     ろく

大川の左岸は涼し夏の月           楽

  サン・ローランのパンタロン着て    ろく

老将は死なずただ生き尽くすのみ       楽

  余寒にさする脛の古傷         ろく

オフェリアの沈みし淵か花筏         同

  春告鳥の語尾は震えて          楽

羅典語の教師板書で早や四十年       ろく

  ワインに厭きて蕎麦湯を愛す       楽

碧眼の妻に古備前ねだられて        ろく

  茶髪駆け込む大門の質屋         楽

夏草をわけて奔るや風の径         ろく

  雲の彼方の少年の夢           楽

蒼穹の果て見て鳴くか揚げ雲雀       ろく

  虚無僧は行く蒲公英の道         楽

罪ありて遠流されしや雛流れ        ろく
       
世阿弥をつつく鴉が一羽         楽

砧打つ音なかぞらに月高し         ろく

  無為を楽しむ今朝の秋かな        楽

猿沢の池を巡れば鹿が鳴く          同

  煎餅食いたし美形でいたし       ろく

銀座に消ゆ絽に黒髪の謎のひと        楽

  真砂女に似たる猫あくびして      ろく

わが庵に万朶の桜降りやまず         楽

  楽の音もまた春の夜の夢        ろく