蝶人戯画録

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中川右介著「カラヤンとフルトヴェングラー」を読む


降っても照っても第13回&♪音楽千夜一夜第19回

カラヤンフルトヴェングラー。私はやはり前者の音楽よりは後者のそれを好むが、これほど詳しく2人の巨人の対決の様相を教えてくれた本は初めてだ。

音楽の世界に荒々しく侵入する政治と嫉妬と闘争。人間である限りは死ぬまでのがれられないその葛藤が時系列を追ってこれでもか、これでもかと描かれる本書は、クラシック評伝の白眉といえよう。

とりわけ全盛期にあって病魔と聴覚の異常に襲われ、自殺同様に死んでいくフルトヴェングラーの晩年の描写は鬼気迫るものがある。

でももう一年だけ生き延びてステレオによるワグナーの「指輪」の全曲録音を入れて欲しかったなあ。

51年夏に再開されたバイロイト音楽祭の初日に振ったフルベンの第9は、レコード史上空前にして恐らくは絶後の名演と謳われているが、この演奏の直後にかの偉大なるレコードプロデユーサー、ウオルター・レッグが終演後の楽屋を訪れてその演奏を酷評したという。

そのためにフルベンは2日間立ち直れなかったそうだが、これはレッグのほうが正しいかもしれない。あのどの奏者もついていけない気狂いじみた最終楽章は、普通のスタジオレコーデイングなら正規録音として採用されない体のものであろう。

それにしてもカラヤンフルトヴェングラー以上に私が高く評価する天才セルゲイ・チエェリビダッケの失墜は、ほんとうに残念である。

10年間に400回以上のコンサートを指揮してベルリンの聴衆から圧倒的に喝采されたが、ベルリンフィルの団員からは圧倒的に不人気であったチェリと、戦前から数えてもたった10回しか公演していないのにオケに人気があった如才の無いカラヤン

チェリがもう少し人間的に成熟していれば、狡猾なカラヤンに代わって当然彼がこの世界最高のオーケストラの正式指揮者に任命されていたはずだ。

ああ、可哀相で限りなくあほだったチェリビダッケ