蝶人戯画録

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梅原猛・松岡心平著「神仏のしづめ」を読んで


照る日曇る日第155回

梅原猛の「神と仏」対論集の第4巻は私が致命的に無知である能についての蒙をひらいていただくのである。

両氏によれば能の基本に敷かれているのは「草木国土悉皆皆成仏」を唱える天台本覚論で、天台宗始祖の最澄にはじまるこの普遍的な思想は、円仁、円珍、源信、法然、親鸞、道元、日蓮みな影響を受けた。それが思想というより身体的な実践として観阿弥世阿弥、元雅、金春禅竹の能に及んでいる。

伊賀の国に生まれた観阿弥南朝の支持者で楠正成の甥。その子世阿弥足利義満に寵愛されたが義教によって疎んじられ佐渡に流された。世阿弥は当初甥元雅に観世太夫を継がせたが、(観→世→音)その後実子の元雅に乗り換えた。しかし元雅は音阿弥に観世太夫を継がせようとした義教の命を受けた斯波兵衛三郎によって殺害された。

また、日本の音楽は古代は雅楽、中世から近世は歌舞伎も含めて能楽、明治以降は洋楽の時代となる。このうち真ん中の能楽だけが絶対音階を否定する相対音階を基調とする。らしい。


月下美人誰一人見ず散りにけり 茫洋