蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

滋味ある演出


バガテルop88

なぜだか最近NHKと仲良くしている富士テレビが、「風のガーデン」に続けて山田太一脚本の「ありふれた奇跡」というドラマをやっている。自殺未遂の三人の男女を中心に展開する愛のドラマだが、前回は脇役の二人の女性の間でこんなシーンがあった。

ヒロインの母親役の戸田恵子が(女装趣味に走ったりしている夫にあきたらず)不倫に走ったが無残なまでに振り棄てられて落ち込んでいる。そこへ姑の八千草薫がウイスキー片手にやってきて慰める。

「まあまあそんなに落ち込んでかわいそうに。でもねえ、私もあなたくらいの年ごろの時にもう死んでしまおうと思ったことがあるのよ、あなたとは理由が違うんだけど」というような前置きがあって、彼女はいい歳をした家庭の主婦が亭主とは別の男に真剣に恋した話を淡々と語る。

俄然全身が耳になった嫁が、「まあ、お母様のような大人しい方にそんなことがあったなんて」と驚いていると、八千草薫が「でもあの男はよくなかった。やめておいてよかった。それが正解だったのよね」とさらりというのだが、その時遅く、かの時早く、戸田恵子は義母のその告白が嫁の行状の全てを鋭く見抜いたうえでの「お話」であることに気づいて愕然とするのである。

こういうさりげないけれども人間の心肝を寒からしめる「ありふれた奇跡の一瞬」こそ山田太一の真価であり、最近の若い脚本家にはなかなか真似ができない境地なのだろう。


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