蝶人戯画録

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若杉弘氏を悼む


♪音楽千夜一夜第71回&遥かな昔、遠い所で第86回

昨日の夕方、指揮者の若杉弘さんが74歳で臓器不全で亡くなられたと聞いて、驚きかつまた悲しんでいるところです。

 私がこの人の音楽をはじめて聴いたのは、東京日比谷の日生劇場で行われた二期会の公演でした。それは獣たちが人間と同じように口をきいていたずいぶん昔の時代のことで、おそらくこれが私の生涯初のオペラ体験だったと思います。

曲はヤナーチェックの「利口な女狐の物語」でしたが、私は題名役に扮したソプラノの伊藤京子さんの抒情的で美しい歌声に強く惹かれると同時に、この作曲家が描いている「山川草木悉有仏性」「山川草木悉皆成仏」の世界のいいしれぬ奥深さ、見事な美術と照明、そしてオーケストラ(おそらくは東フィル)をじょじょに加熱・加速し、最後の愁嘆場で舞台と会場全体を青白く輝く燐光でおおいつくしたこの芥川龍之介を思わせる白皙の指揮者の手腕にいたく驚嘆したことでした。

茫茫遥か四半世紀、彼が読響、都響、ラインドイツオペラ、ドレスデン国立歌劇場などの桧舞台で活躍した細身で長身の雄姿をしのびつつ、心から哀悼の意を表したいと思います。

仕込み杖のごとく長き指揮棒、広き額を振りまわしぬオペラの達人若杉弘 茫洋