蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

西暦2009年文月茫洋歌日記


♪ある晴れた日に 第62回


水無月尽今年最初の蝉がなく

水無月今年最初の仕事来る

天青は七つ咲きたりはないちもんめ

天青や天まで届けと伸びるなり

天青咲いてわたしの夏が来る

ぎすちょんが轢き殺されている道路かな

ショスタコ愛しけやチュウチュウ蛸かいな

ある人いわく「眼をまなこといふ」と

くしゃみくらい好きにやらせてくれ

墓場の中まで五輪塔持ちゆく男あり

若潮の海を沖まで泳ぎけり

若潮の塩のにがりの強きこと

好きだおと言い交わしつつ蝉が鳴く

香取草之助てふ表札ありさぞや風流な人ならむ

妻が見しオオルリ求めて彷徨えどわれが聴きしはテッペンカケタカ

欄干の小さきデザイン火と燃えて人も世界も揺り動かしつあり 

哀れ哀れ余の身代りに兇暴蜂に二度までも刺されし妻よ

道の上二匹のギースチョンが轢き殺されている

墜ちながら手をアルプスに触れざりしヴァイオリニストは哀れなるかな

赤い服着ていた女の子異人さんを連れて行っちゃった

雑草という名の草はなく虫という名の虫もない

こうてくれえこうてくれえとさけぶのでこうてやるかな

こんな日は由比ガ浜で海水浴しようといいて学生に笑わる

「では来週」「来週はお休みですよ」といわれ先生赤恥かく

月曜のロッカーに挿したるわが鍵を木曜の朝に取りにいきたり

なにかあれば大好きですと言い交わし男同士で抱き合う父子なり

今日もまた能天気にてルポをするNY特派員を訳なく憎む

環境に優しい車を買うよりも車作りを止めればよろしい

恥多き人生なら生まれてこなかったほうがいいとでもいうのか

まるでゼウスのように天気予報してやがる

ショスタコこけつまろびつ愛しけやしもいちど聴きたしチュウチュウ蛸かいな

カラムシの葉をくるりと巻きてアカタテハの幼虫は夢結びおる

アカタテハヒメアカタテハの弁別できず昆虫少年年老いたり

弱き者相識るや自閉症の息子に優しかりし拒食症の二人の娘

大好きだよと毎日父子で言い合う父子珍しいか

ああわが青春の麗しのドモンジョいまごろどこでどうしておるか

尻の穴に指つ込めば気持ちいいぞといいし井口君アルジェリアで何しているか

ほらほら千年前の巨魁が今日も土御門邸で梅の漢詩を作っているよ道長日記

精魂をこめて描きし傑作を二足三文で手放す悲しさ

雨の中女が歩きながら本を読んでいる

太田胃散いい薬かもしれないが悪い音楽です

恥多き人生なら生まれてこなかったほうがいいとでもいうのか

この次はもう生きてはあらぬと思いつつテレビで眺むる皆既日食

何故に内定取れぬと我に問ふ真直ぐなる眼を受け止めかねつ 

本日もまた遊泳注意なりわが生への警告と聞きて沖に乗り出す

受けて落ち受けても落ちる学生にぐあんばれとしか言えぬ悔しさ