蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

ケント・ナガノ指揮ベルリン・ドイツ響「パルシファル」を視聴して


♪音楽千夜一夜第84回

04年8月にバーデンバーデン祝祭劇場で行われたライブの映像です。ケント・ナガノという人の指揮を私はまったく評価していませんでしたが、このワーグナーではさしたる破綻も見せず、最後までなんとか無難に振っていたので驚きました。

昔からよく言われるように、指揮者の役割は3つしかありません。それは一斉に音楽を開始すること。そして開始した音楽をうまく演奏すること。最後は開始した音楽を一斉に停止させることですが、ケントはこの3つの重要な使命のうち2つの仕事は確実に果たしたといえましょう。彼の手兵ベルリン・ドイツ交響楽団も劇的な盛り上がりには欠けますが、まずまずの伴奏振りといえましょう。

タイトルロールのクリストファー・ウエントリス、アンフォルタス王役のトマス・ハンプソンもまずまずの歌唱ですが、グルネマンツのマッティ・サルミネン、クンドリのワルトラウテ・マイヤーの2人が正統的なワーグナーうたいらしい充実した歌唱を見せています。とりわけサルミネンは素晴らしい。彼のいないワーグナーなんて小澤のいない民主党のようなものでしょう。

そしてこれらすべての配役にもましてこの舞台神聖祝祭劇の荒唐無稽な物語をわかりやすく交通整理して美しく明快な見世物に仕立てていたのは、意外なことに演出家のニコラウス・レーンホフその人でした。聖なる愚者パルシファルを色仕掛で誘惑するクンドリの妖艶さ、そしてその誘惑を断ち切って敢然とおのが意志を貫く主人公の晴れ姿も彼の演出の賜物でしょう。

ただ最高に盛り上がるはずの第3幕の「聖金曜日の音楽」が不発に終わってしまったのは指揮者の責任です。ダルなN響をしどろもどろに振りに来日する暇があったら、少しはクナパーツブッシュの録音を聞いて勉強してもらいたいものです。

♪金の時代には金の音楽銅の時代には銅の音楽 茫洋