蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

大野和士指揮ベルギー王立劇場管でストラヴィンスキー「道楽者のなり


♪音楽千夜一夜第110回


ストラヴィンスキーバイロイトワーグナーを見て反発発奮してかいたといわれる20世紀オペラをわが国の若手のホープがドライブしての演奏です。

物語のあらすじは、表題通りの道楽者トム・レイクウエル(アンドリュー・ケネディ)が、初恋の女性アン(ローラ・クレイコム)との約束を踏みにじって、悪魔シャドウ(ウイリアム・シメル)の誘惑に乗り、大都会の悪に染まって酒池肉林の快楽を味わい、とどのつまりは精神病院のベッドの上で郷里の村娘との平凡な幸福を夢見ながら痛苦と後悔にみちた一生を終るというどこかで聞いたことのあるようなお話です。

テキストはおそらくバイブルの放蕩息子の逸話やイプセンの「ペールギュント」の本歌取りであり、随所にチャイコフスキーの「スペードの女王」やモーツアルトの「ドン・ジョバンニ」、さらには反面教師であったはずのワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」の遠い反響を聞きとることもできます。
要するにこのオペラは古今東西のあらゆるオペラや音楽の解体であり脱構築であり、新時代のオペラの集大成としてつくられたものなのです。私たちはひとたびは解体されたオペラが、新しい意味と光芒を備えてもういちど現代によみがえろうとする、その生成の現場に立ち会うことができるのです。

そして作曲家のその意欲的な試みを、21世紀初頭の現在という時点でじつに美しくも説得力をもってあざやかにレアライズしたのが演出のロベール・ルパージュと大野和士のコンビでした。けっして大げさな演奏と劇化ではないのですが、これほど心にしみる公演もそれほど多くはないでしょう。ただひとつ文句をいいたいのはストラヴィンスキーがなくもがなの道学者風のエピローグを付け加えたことですが、これは公演スタッフの罪ではありません。ともかく万人に推薦できるオペラビデオです。

♪亡き義父の形見のラルフのスーツ着て出席したり卒業発表会