蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

ウイリアム・ワイラー監督「ミニヴァー夫人」を見る


闇にまぎれて bowyow cine-archives vol.24

ジャン・ストルーザーの原作を、名匠ワイラー監督が1942年に映画化した愛国キャンペーン映画です。

当時のアメリカは、日独伊などの枢軸国と戦争のさなかにありました。そこでワイラーも、及ばずながらと腰を上げて、1939年現在の英国ロンドン近郊の小さな村を舞台にした戦争協力映画をとりあげたというわけです。

愛国とか戦争協力といっても、そこは格調高いジェントルマンのワイラーなので、同時代の絶叫愛国者フランク・キャプラなどと比べると、それほど露骨な戦意高揚のにおいふんぷんの要素は慎重に避けていて、むしろある日突然戦争に巻き込まれた英国の中産階級の悲劇の様相を、格調高く描いているとも評せましょう。

冒頭、主人公のミニヴァー夫人(グリア・ガースンがひと時代前の古典的な美貌を見せる)がロンドンの街頭でプチブルジョワ風のショッピングの楽しみに耽るシーンは、到底ラストの戦争の悲惨さを想像だにさせない点で、ワイラーの演出の腕のさえを物語っています。

 また平和だった家庭に突然「凶悪な」ドイツ兵が侵入するシーンや、ミニヴァー夫人の夫があのダンケルクの撤退戦に駆り出されたり、観客が予想もしなかった人物が突然死んでしまうなど、劇的な要素もたっぷり盛り込んであり、凡庸な戦意高揚映画とはきちんと一線を画しているものの、最後にエルガーの「威風堂々」のBGMが流される中で、教会の牧師が正義の戦争への加担をアジテートしたり、エンドマークと共に戦争基金への参加が呼びかけられるのを目にすると、極東の一ワイラーファンとしても、さすがにいささか鼻白んでくるのはやむをえません。


♪ボロボロと歯が欠けてゆく2月かな 茫洋