蝶人戯画録

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カラヤン指揮ウイーン国立歌劇場の「薔薇の騎士」を視聴する


♪音楽千夜一夜第122回

これは1960年8月のザルツブルク音楽祭にかけられたシュトラウスの名作オペラの歴史的公演の記録です。出演は元帥夫人にシュヴァルツコップだけでなく、ゾフィーがローテンベルガー、オクタヴィアンのユリナッチの女性陣に加えてオックス男爵にオットー・エーデルマン、ファーニナルにはなんとエーリッヒ・クンツという豪華キャスティングで、この映像はランクオーガニゼーションという映画会社が製作してビデオ時代から世界中でベストセラーになっていましたが、いまではDVDでも鑑賞できるというわけです。

カラヤンはのちに1984年の同じザルツブルク音楽祭でも同じオーケストラとこの演目を上演し、映像化しました。これも同じタイプの見事な演奏ですが元帥夫人にアンナ・トモワ・シントウ、オクタビアンにアグネス・パルツア、ソフィーにジャネット・ペリー、男爵にクルト・モル、ファーニナルにゴドフリート・ホルニクというキャステイングはクルト・モルを除いてどうみても前者に勝ち目はないでしょう。
アンナ・トモワ・シントウはカラヤンベーム好みのソプラノですが、フィガロの結婚の伯爵夫人ならともかく元帥夫人でシュヴァルツコップと対抗しようというのはちょっと虫が良すぎます。

さて「薔薇の騎士」においてははじめと終わりがいちばん大事。なんせ公衆の面前で、成熟した貴夫人とやる気まんまんの若い騎士(しかも女性によって演じられる!)によって愛の戯れならぬずばり性交が行われるのですから、それにふさわしいコンビを登場させなければあとが続きません。ここでは冒頭のクラリネットが鋭い男根と化して元帥夫人をいっきに貫き、その直後に痙攣的に果てるときのお相手が問題です。セーナ・ユリナッチの演技も相当はがゆいものがありますが、まあまあ許せるとして、アグネス・パルツアというのでは見ている方だってしらけます。

大人の女の哀しい愛の終わりを告げる3重唱が見事なアンサンブルで歌いおさめられたあとは、若いバカップルがその恋の末路も知らずにいまだけに許される野放図な愛の賛歌を歌いあげるのですが、、さてその終幕間際には、黒人の子供の召使が元帥夫人が忘れた絹のハンカチーフを拾って退場する演出でおわらないと、このオペラはどうしても終わらないのです。


カラヤンの最悪の録音はショパンのレ・シルフィールド そこではお涙頂戴のやすっぽい叙情が大安売りされている 茫洋