蝶人戯画録

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森健著「就活って何だ」を読んで


照る日曇る日第335回

企業の公共性&社会正義感の欠如と悪徳人材派遣会社の終わりなき強欲陰謀が主因となって、そこに大学と学生の思惑が入り乱れ、史上最悪最凶の末期的症状を呈している現在の就職戦線ですが、この本はそのいっぽうの当事者である企業の人事担当責任者へのインタビューを敢行し、彼らが行っている求人活動の内幕を聞き出しています。やれやれご苦労なこった。

そして著者はこれらの企業が求めている理想の人材の基軸とは、1)グローバル2)多様性3)ストレスに対する耐性4)ビジネス感性5)自分と向き合う能力であると総括し、「これらの要件に着目しながら就活しなさい」、ともっともらしくアドバイスしているようですが、多くのあほばか学生は、「そんなごたくを並べたって、じゃあおらっちはいますぐにどうしたらいいんだ」と喚くのが関の山でしょう。

で、この本のタイトルである「就活って何だ?」という大仰な自問については、最後の最後にあっさり自答されていて「就職とは本来自分の一生を左右する一大事だ。そこでつきつけられるのは自分の人生をどう考えるかという真摯な問いだ。細かなテクニックや瑣末な情報に溺れていては、その一番重要な部分を深く考察しないまま就職活動に臨んでしまう危険性がある」と格調高い警句?を吐いて一巻の終わりなのですが、そんな当たり前田のクラッカーが、もしかしてなにか「答えのようなもの」になってでもいるのでしょうか!?

思うに、これこそは羊頭狗肉の類です。本来ならば、著者はこの結語からああ堂々の「著者独自のシュウカツ哲学ないし人世論」を一点突破全面展開すべきなのに、その本体内容なぞ影も形もなく、あるのは人事担当者の華麗な独白ととっておきの苦労話ばかり。

しかも登場するのは電通、フジテレビ、バンダイ、資生堂、サントリー全日空、NTTドコモなどの大企業ばかり。彼らこそは就職協定を顧みず積極的に青田買いに狂奔し、前代未聞の就活地獄を招来している元凶なのに、そういう事実とそれが惹起する悲劇を直視し、それを克服しようとか、少しでも解決しようとする視点などほんのこれっぽっちもないのです。

それにそもそも日本の企業の98%以上は中小企業であり、大企業なぞは超少数派の異端児に過ぎません。こんな企業にはいずれも1万から5万人のエントリーが殺到し、それを4次、5次の面接でふるいにかけて、よりどり好みの最適人材?を採用するだけの話ですから、ここで披露されている「耳寄りな情報」なんて日本全国の学友諸君にとってはまるで縁もゆかりもない唐人の寝言でありましょう。

今回、大企業の人事部がこのインタビューに応じて「就活秘話」を特別に漏らしてくれたのは、別に著者のお手柄などではなく、これ自体が大企業の新手のパブリシティ活動であるということに、著者はどこまで気づいているのでしょうか。「森健って何だ?」と言わずにはおれません。

♪待ち兼ねた春が蝶よ花よとやってくるというのに 茫洋