蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

演劇集団円公演「ホームカミング」を見て


茫洋物見遊山記第22回


わいらあこないだ「ホームカミング」ちゅう芝居見ましたんや。ハロルド・ピンターはんが原作、翻訳は小田島雄志、演出・脚色大島也寸の格調高い英国芝居や。出演は山口眞司、石田登星、石住昭彦、吉見一豊、吉澤宙彦、朴王路美はんたち。
ほとんど全編大阪弁でしゃべくりおったさかい、わいも関西弁風に書かせてもらいまっせ。

舞台はロンドンの下町のオンボロの1軒家。そこは長男の父親と叔父、2人の弟が男同士でみじめったらしい生活をしとる。元肉屋の父親は死んだ母親代わりのハウスキーパー、叔父はタクシーの運転手、3男はボクサー志望の日雇い労働者やが、次男はしがないリーマンやろか、実際はなにをしとるんかわからん。

みな心のどこかに傷があり、父は次男をののしり次男は父に「はよくたばれ」と抜かす。人間とゆーよりは動物園の檻の中の野獣のよう吠えたける。「清く正しく美しく」じゃのうて「暗く貧しくエゲツなく」生きておる。夢も希望もない毎日や。

そこへ突然ふらりと舞い込んだのがとっくの昔に故郷を捨てて苦学奮闘、太陽の光もまぶしいサンフランシスコ大学の哲学教授となっておったインテリゲンチャンの長男。すでに2人の子持ちやが容姿端麗色香芬々の妻を同伴してのホームカミングちゅうわけや。ちなみにこの2人だけは標準語でしゃべりよります。

掃きダメに鶴というも愚かな紅一点。腐りきった陋屋にたちまち渦巻くは野卑な男どもの性の蠢き、欲望の嵐。良識ある長男の理性の制止も聞かばこそ、朝な夕なによってたかって美女の美脚・美乳にむしゃぶりつけば、嫌だ嫌だも好きの裡、あろうことか淑徳貞潔が謳い文句やったはずの教授夫人は、全身下半身のあらくれ男どもの前に婀娜な姿をみずからさらし、美脚をひらいて太腿の奥にあるモノをばえいやっと見せつける。

あっと息をのむ野郎ども。思いもかけぬ展開にぐっと生唾を飲み込む観客たち。毒をもって毒を制するみだらな毒婦の本領発揮でございます。
ほれ、よう魚心あれば水ごころありというやんか。かくて放恣な教授夫人の肉体の疼きの奥の奥に秘められた肉欲の花は、1点突破・全面展開とあやしく放恣な悪の華をビシバシ咲かせ、ついに単細胞な下半身男どもをあざやかに牛耳ります。

「あほんだらなにしてけつかんねん!」と鶴の一声に、あらくれ男どもがギョット身を引くところが本公演のハイライト。

想定外の成り行きに泣く泣くサンフランシスコに帰るやさぐれ長男、あまりの不条理ドラマツルギーの進行についていけず心臓麻痺でどうと倒れ伏す叔父、「あなうれしや義父のわれにも接吻くりゃれ」と哀願する父親をしり目に、美しき女王蜂は足元にひれ伏す奴隷どもを満足げに見下ろすんやった。

やっぱ男はクールビューティにはかなわんちゅうこっちゃ。


♪眼の前で大口開けて寝る男理由なく憎く思う電車の内かな 茫洋