蝶人戯画録

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エオリアン四重奏団の「ハイドンのカルテット全曲」を聴いて

音楽千夜一夜 第145夜

ようやくハイドン弦楽四重奏曲の全曲を22枚のCD(@347円)で聴き終わりました。この偉業を1970年代にはじめて達成した英国のエオリアンカルテットの演奏です。

私はたまにはラサールやアルバンベルクなどの鋭角的なカルテットも聴きますが、すぐに大脳前頭葉に物理的な痛みを感じてしまい、聴く人に無用の緊張を強いる彼らを敬しつつ遠ざけ、そのかわりにこのように前途茫洋で曖昧模糊、天衣無縫で八方隙だらけのゆるい四重奏団の音曲に耳を傾けることが多いのです。

フルヴェンの生きるか死ぬか乾坤一擲の運命交響曲にひしと聴き入るのは年に一度のことでして、スチャラカチャンチャンの三六四日はモールアルトの小夜曲に浮かれているほうが性に合っているのですね。ト短調交響曲やレクイエムよりもシャンドール&ザルツブルクァメラータのセレナードや喜遊曲を取りたいとなすますおもう平成も晩期の今日この頃であります。

ハイドンは交響曲とおなじように外見はあまり変化がなくても細部のあちこちに思いがけない仕掛けや創意工夫があって、ロマン派の大仰な絶叫音楽にはけっしてない淫靡な楽しみを与えてくれます。そもそもクラシックを好む輩なぞは、淫靡な奴に決まっているのです。

第一ヴァイオリン主導の古典的な演奏で、時折は音程をはずしたり縦の線がずれてしまったりする古拙で鄙びた演奏ですが、それはそれでハイドンらしく、それでも後期の作品76や77くらいになると目が覚めるような音彩を四方に放つので、さすがに英国の楽団には英国のスピーカーが似合うなあと思わされた次第です。

なおハイドンの全曲盤は、2000年にフィリップスから発売されたアメリカのエンジェル弦楽四重奏団の21枚組の格安CDも出ていますが、1994年から1999年に録音されたこちらの演奏はもっと若々しくモダンです。

♪今日のお言葉 クラシックを好む輩なぞは、淫靡な奴に決まっている 茫洋