蝶人戯画録

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マノエル・デ・オリヴェイラ監督「ブロンド少女は過激に美しく」を鑑


闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.32


当年とって御歳101歳!というおそらく世界最長老のポルトガルの現役映画監督の「100歳の時の作品!」を試写会で鑑賞しました。

まず前座にオリヴェイラ監督が好きなJRゴダールの1958年の短編「シャルロットとジュール」が上映されました。これは当時のゴダールの狭いアパルトマンでほとんど即興的に撮影されたそうですが、題名役のシャルロットにはアンヌ・コレット(超キュート!)、その元恋人のジュールにはジャン・ポール・ベルモンドが出演しています。

1本のハブラシを持ち帰るためにだけ立ち寄ったシャルロットに対して、ベルモンドがよりを戻そうと懸命にしゃべりまくる。その一人漫才のような機関銃トークだけで14分を持たせます。なんでも編集の際にベルモンドが兵役でいなかったためにゴダール自身が吹き替えたそうですが、じつに達者なものです。

ちなみにフランスでは大概の外国映画をフランス語に吹き替えているので、ゴダールトリュフォーたちはずっと反対してきたとはいえ、そのような翻訳カルチャーが妙なところで活かされたとも言えそうです。

さて本編は、リスボンを舞台にした謎の少女に恋した男の物語。叔父に雇われて衣料品店の2階で会計士として働く主人公は夕べを告げる鐘の音と共に通りを隔てた向かいの窓辺にたたずむブロンドの美しい娘に惹かれるようになるのですが、そんな恋する2人の古くて新しい感情を、オリヴェイラは現代では珍しくなった詩的で古典的な手法でじっくりと描いていきます。

男はブロンド娘と結婚しようとして叔父の許可を求めたのですが、意外にも強く反対され、順調だった仕事を辞めざるを得なくなります。頑迷な叔父は最終的には甥の結婚を許すのですが、最初の反対の理由も、最後の承認の理由も、物語が終わっても明らかにされず、このような「人間存在の了解不可能なくらがりを暗示すること」がこの作品のテーマのように思われます。

職場から追放された我らが主人公は、ご他聞に洩れず様々な苦難を経るのですが、2度にわたる遠隔地での一攫千金に成功してついに当地での社会的地位を確立します。そしてあこがれのブロンド娘はもとより彼女の母親、難攻不落だった叔父のゆるしも得て、順風満帆晴れて結婚にこぎつけたと思ったちょうどそのとき、結婚指輪を買いに行った2人に思いがけない事件が突発し、物語は突如謎のヴェールを下ろすのです。

そして「人間ていう奴は分からんよ、とりわけあんたの隣に居るブロンドの若い女はね……」という100歳翁のつぶやきが、暮れなずむリスボンの茜色の空から聞こえてくるようです。(9月、日比谷TOHOシネマズ シャンテにて公開)


♪ブロンドの謎の少女も叔父上もおのれもすべてうつせみにして 茫洋