蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

ピーター・セラーズ演出ウイーン響で「フィガロの結婚」を視聴する

kawaiimuku2010-08-01



♪音楽千夜一夜 第153夜

今年5回目の海水浴から帰ったあとで、いまや完全にオールドメディアとなったLDでクレイグ・スミス指揮ウイーン響でモ氏の「フィガロの結婚」を視聴しました。

舞台はニューヨークの高層マンションに設定されていて、このベランダからケルビーノが飛び降りたりするのはいくらなんでも無茶だと思うのですが、鬼才ピーター・セラーズはてんで頓着しません。終幕の夜の庭園も室内の設定になっているので、登場人物の布陣がまったくわからないのですが、セラーズはそういう全体図よりも夫婦や恋人や男と女の?対1の相関関係のゆがんだ愛憎に焦点を当てているので、別段このオペラの舞台がニューヨークでなくてもいっこうに差し支えなかったのでしょう。ともかくエグクて図太い演出家です。

そんな次第で音楽は完全な添え物となってしまいましたが、クレイグ・スミス指揮ウイーン響もジョルジュ・プレートルほどではなくともそれらしいモーツアルトを鳴らし、泳ぎつかれてうとうとしているうちに全員が浮かれてダンスを踊る大団円に突入していました。

どんなつまらない楽団と演出家の組み合わせでも、最後に伯爵夫人があほばか伯爵を許すシーンでは、それこそ粛然とした気分が、それまでの馬鹿騒ぎを洗い流して、やはり人間て素晴らしいなあ、なーーんていう身もふたもない法悦に浸らせてくれるのですが、残念ながらこのコンビにはそれはない。あほばか音頭がすべてを覆い尽くして、それこそプッツンと終わってしまうのでした。



♪ニイニイ油カナカナ鳴き揃うたり文月尽 茫洋