蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

2つのオペラでエディタ・グルベローヴァを聞く


♪音楽千夜一夜 第157夜


1983年のミュンヘン、1992年のベネチア、2つの都市の2つのオペラハウスにおける名ソプラノの歌唱を聞きました。

前者は全盛時代のサバリッシュがバイエルンの国立歌劇場管弦楽団を指揮したモザールの「魔笛」、後者はカルロ・リッチがフェニーチエ座のオケを振った「トラビアータ」のいずれもライブです。

魔笛」の夜の女王はたった2つのアリアしかありませんが、これぞ極めつけの名曲の名演奏。グルベローヴァはまるでヴェルベットのように滑らかで濡れた声でこの難曲を苦もなく歌ってのけます。(もっともたった1音符だけ刻み損なうのですが、寡瑾も芸の味とでも評すべきもの。)作曲家がこめたすべての音楽が正確無比に、温情を込めて歌い抜くのです。同じソプラノとはいえパミーナを歌ったルチア・ポップとは天地の懸隔があると言わねばなりません。

ほぼベームのテンポで開始したサバリッシュは、老練アウグスト・エヴァーディングの演出を得てオーソドックスな劇伴に徹しています。この人はやはりオペラがいちばんマシです。

その「魔笛」からおよそ10年経ったトラビアータでも、グルベローヴァのビロードの音色はあい変わらずいぶし銀のような輝きを見せ、帝政時代の高等娼婦の悲劇を存分に歌いきっています。

そかしヴィオレッタがグルベローヴァアルフレードがシコフのコンビは、彼らがカルロス・クラーバーの棒で歌ったときとはまるで別の音楽になってしまっているのが残念で、指揮者の1流と3流の差を如実に見せつけられますが、グルベローヴァの声だけは相変わらず魅力的で、どんな下手くそな指揮者でも構わないからいついつまでも聴き惚れていたいと思わせるに充分な宝石のようなものを備えているのでした。



夏の夜グルベローヴァのベルヴェットヴォイスに酔いしれて 茫洋