蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

真夏の夜のオオウナギ 後篇

kawaiimuku2010-08-21



鎌倉ちょっと不思議な物語第225回&バガテルop130


息子が都会に去った翌日からも、私は夜になると例の小川にいそいそと足を運んでいた。

1メートル超の大ウナギは相変わらず健在で、毎晩見事な反転と跳躍を見せてくれるが、昨夜は30センチに満たない小ウナギもその近くで泳いでいた。どうやらこの界隈はかなりの数のウナギが棲息しているらしい。

ふと見ると2,3人の中年男がワイワイ騒いでいる。
やはり私と同じようにウナギ見物に来たのかと思っていたら、そうではない。あれを捕まえようとひそひそ相談しているのである。

聞くともなく耳を傾けていると、最近滑川の水がきれいになったので、アユが遡上するようになり、そのアユを追ってウナギが海から上るようになったらしい。ハヤはよく見かけるがアユまで棲んでいるとはしらなんだ。

なんでも今年はこの近所では5匹のウナギが目撃され、前夜までにそのうちすでに3匹は捕獲された。残っているのはこのオオウナギを含めた2匹である。よって一刻も早くこの伝説の大ウナギをつかまえたい、と焦り逸っているのであった。

よく見ればそのうちの一人はすでにヤナを持っている。こいつにミミズをしかけて流れに伏せておけば間違いなく仕掛けにかかるであろう、と地元はえぬきのおやじさんが、ヤナを持った若い衆に教えを垂れている。

「俺はこないだ親戚で不幸があったから、今夜は殺生したくねええんだ。でもあんたにはやり方を教えてやるよ。ヤナなんかより橋の上から糸を垂らして直接釣ればいいんだよ。すぐにとびついてくるよ」
と自信ありげに語っているのは、町内会の役員のKさん65歳だ。

「でも、餌がないんや。餌はどうしたらええんや」

と大阪弁で喚いているのは、神社の麓に住んでいる新参者のAさん推定40歳だ。こいつはオオウナギをモノにしたいという欲望で目が血走っていた。

「それじやあ、これからオイラが懐中電灯を持ってくるから、一緒に餌のミミズを獲りに行こう。オイラも付き合ってやるよ」
と言った後で、Kさんがつぶやいた。

「でも、あいつ、なんだかうれしそうに泳いでいるじゃないか。このままにしといてもいいんじゃないか……」

そうだよね。君はよくわかってるじゃないか。
それにいくら天然自然の国産大ウナギでも、あれくらい大きくなった奴は食べても全然美味くないからね……。

さてその翌日、まだ大ウナギの饗宴は続いているのかしら、と恐る恐る滑川に足を運んだら、ウナギなんぞ大も、中も、小すら影も形もなかった。

その代わりに立派なヤナが2か所に仕掛けられていたので、きっと半月間にわたって孤高の五風十雨居士の疲れた心を慰藉してくれた本渓流今季最後のウナギたちは、悲しいかな一網打尽にされてしまったのあらう。

南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。


健ちゃんが逃がしてやりし大ウナギ今宵も躍るよ滑川の淵 茫洋