蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

真夏の夜にウナギは踊る 前篇


鎌倉ちょっと不思議な物語第224回&バガテルop129

 
毎日毎晩暑いですな。私の家は夏でも涼しい風が吹くので、クーラーなんて35年間無用の利器であったが、さすがに来年は1台くらいあってもいいかな、と思わせるに足る今年の暑さである。

そんなある夜、私は暑気払いに散歩に出たと思いねえ。で、なにげなく滑川を見下ろしたら大きな魚がウネウネ蠢いているので驚いた。蛇かと思ったがそうではなく50センチくらいの大きさのウナギでした。鎌倉名物の大ウナギに再会したのである。

そいつは月の光に身をくねらせながら、上流から下流へ、下流からまた上流へとおよそ10メーターの距離をいかにも楽しげに行ったり来たりしている。まるで手足のないダンサーのやうだ。

そういえば以前ここから200メートルほど上流で、私の息子が石の下で昼寝していた巨大なウナギを両手で捕まえたことがあった。

しかしその時は、彼はそいつを1メートル上の道端に放り投げる余力も道具もなく、そのまま下流に逃がしてやった。もしかしたら、そいつがおよそ10年振りにお礼参りに戻ってきたのではなかろうか、とはじめは思ったのだが、そうではなかった。

10年前のはまるでオオサンショウウオそっくりのずんぐり型であったのに対して、今回の奴はもっと長身で頭部はスマートなので、おそらくは別人、いな別ウナギであろう。

30分くらい見物してから帰宅したが、久しぶりに天然ウナギの雄姿に接してとてもうれしかった。

その翌日の夜、これまた久しぶりに(あの大ウナギを獲った)息子が帰省したので、一緒に滑川の橋の上から見下ろすと前夜のうなぎより大きな1メートル超の大ウナギがゆうゆうと遊弋しているではないか。

と見る間にそいつは岩肌をぬらりと縫って下流のウロ目指して猛烈なスピードで泳いでいく。

と、あろうことか、そこで待ち構えていたのはもう一匹の昨夜の大ウナギであった。

彼奴らの雌雄のほどは不明であるが、これほど巨大な2匹のウナギが、こんな小さく狭い川のど真ん中で遭遇するとは、それこそ真夏の夜の夢ではなかろうか。

上限の月がおぼろにけぶる鄙の里で、私たち親子はいつまでも彼らの交歓を眺めていたのであった。


名月やウナギは踊る滑川 茫洋