蝶人戯画録

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182人のイラストレーターが描く「新訳イソップ物語」を読んで


照る日曇る日 第384回

イソップ物語を手にするのはラ・フォンテーヌの「寓話」を読んで以来ひさかた振りのことです。しかもこの本には一話一話に東京イラストレーターズ・ソサエティに所属する有名な挿画家たちのイラストが添えられているので、それこそ一話一絵、読んでから見るか、見てから読むか、あるいは読みながら見るかという3通りの楽しみ方ができるというわけです。

イソップはキリストが生まれる600年くらい前の古代ギリシアのフリギアで奴隷として暮らしていた人ですが、彼が書き残したこの寓話を読むと、非常に教養があり人と世の中を見る目があったことがよく分かります。

中でも「「北風と太陽」(絵・水口理恵子)や「カメとウサギ」(絵・伊藤彰剛)、「セミとアリ」(絵・100%ORANGE)などは世界中であまねく知られていますし、マルクスが「資本論」の中で引用した「ここがロドス島だ。ここで跳べ」という名台詞が出てくる「ほらふき男」(絵・佐藤直行)や、毛利元就の3本の矢の教訓を盛り込んだ「兄弟仲が悪い息子を持つ農夫」(絵・成富小百合)、“パンドラの箱”の逸話の嚆矢となった「良いことが入った壺とゼウス」(絵・羽山恵)などは、文学史的にも意義ある記録といえましょう。

しかし著名な寓話といっても、要するに人間界に起こる悲喜劇を動物界に置き換えた「教訓話」なので、少し強引な例え話や意味不明な話も混じっています。
オオカミやヒツジやキツネやロバやカラスやイヌやウシやヤギやカエルたちが主人公のたとえ話を続けざまに読んでいくと、だんだん嫌になってくる。
そこで読み手を助けてくれるのがわが国を代表するイラストレーターのあの手この手のビジュアルである、ということもできるでしょう。

例えば、旅人が最初軍艦かと思っていたらなんと1本の流木だったという「旅人と流木」のイラストを担当した安西水丸さんは、「何ともつまらない話でしたが、少しでも面白くなればとおもいこんな絵にしてみました」と語っています。

 このように本書は、イソップ選手の調子が最悪のときでも、あんじょうエンターテインメントしてくれる素晴らしい絵本でもあるのです。


読んでよし眺めてよし一粒で二度おいしいイソップ物語はいかが 茫洋