蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

オーソン・ウェルズ監督の「黒い罠」を見て

kawaiimuku2010-12-05



闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.60

ファルスタッフのように醜く肥満した体躯にどんとのっかっている「ごんずい」のような顔の上部から照射される鋭い眼光……。

悪をやらせたら天下無敵の男オーソン・ウェルズが、正義派チャールトン・ヘストンを向こうに回して暗躍し、結局は完全に喰ってしまうハリウッド製フィルム・ノワールの異色作品です。

最初メキシコ人麻薬捜査官として新妻ジャネット・リーとアメリカメキシコ国境の町に登場したときには確かにこの映画の主役と思われたはずのヘストンが、次第に悪徳刑事ウエルズの妖気漂う存在感にからめとられ、大詰めの溝川落ちのくだりでは完全にお株を奪われていくカルトなゆくたてを白黒画面でじっくりと見せてくれます。

不気味ついでにウェルズの昔の女マレーネ・デートリッヒまで友情出演して、あのけっして瞬きをしない暗い瞳を見せてくれるから堪えられません。

けれどもこの映画のいちばんの見せどころは、ウェルズの指嗾を受けたちんぴらメキシコ野郎どもがメキシコ人捜査官の若妻ジャネット・リーちゃんを誘拐し、裸にひんむいて麻薬やヘロイン注射を打ってヘロヘロにするところ。

太腿もあらわにベッドに横たわるリーちゃんの乱れた肢体は、まことにおんなにかつえた男性どもの欲望の餌食となる。目のご馳走とはこのことでげす。

そんな怪作に勝手に編集改竄を加えたハリウッドに対して、怒り心頭に発したオーソン・ウェルズは、これを最後に欧州に河岸を変え、二度と故国に戻らなかったのでした。


なにゆえにいまごろ生まれしか黄色なタテハ 茫洋