蝶人戯画録

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三谷幸喜原作・脚本・監督の「ラヂオの時間」を見て


闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.61

一人の主婦が書いた処女脚本が、プロの演出家やプロデューサー、役者、マネージャー、スポンサーたちの思惑によってあれよあれよと思う間もなくどんどん書きかえられ、修正されていく。

はじめは国内のパチンコ屋の主婦をめぐるラブストーリーだったはずが、主役のタレント(落ち目の元スターを戸田恵子が好演)の我が儘からニューヨークのやり手の女弁護士に変更となり、それが脇役の怒りと動揺を買ってラジオドラマの生収録は前代未聞の危機に遭遇するのだが、こういうジエットコースター式爆走プロットが面白くないはずがない。

喜劇にうってつけの題材を見出した三谷幸喜は、このうえない奇想天外なアイデアを随所で連発し、その類稀な才能とセンスを本作で思う存分発揮している。

次々に勃発する難問奇問を解決していくプロデューサー役にぴたりとはまった西村雅彦、理不尽な変更に頭を痛めるディレクターの唐沢寿明、ヒロインの相手役を務める細川俊之、井上順、生真面目なアナウンサーの並樹史朗、引退した効果マンの藤村俊二、トラック野郎の渡辺謙など、どの役者も三谷の脚本に徹底的に奉仕して、わが国では珍しい自然な笑いの洪水を生みだしているのである。

その笑いは昨今のテレビや映画を占拠している吉本興業などの「下品で芸のない笑えないお笑い」ではなく、計画的に熟慮された上品なユーモアとウイットで構成されている点がなにより尊いと思うのである。

様々な制約があっても、脚本家の役割がハリウッドなどと比べていちじるしく軽んじられている悪条件下においても、それでもなお「良いドラマと良い笑いを目指そう」とする三谷幸喜の善き志が、よく伝わってくる彼の見事な代表作である。


いっちょ戦争でもやりたいなとアホ餓鬼ども騒ぐ 茫洋