蝶人戯画録

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メトのプッチーニ「トゥーランドット」を視聴する

♪音楽千夜一夜  第169夜

やはり昨年の11月7日に行われたメトロポリタン・オペラ公演のライブ収録です。

指揮者はアンドリス・ネルソンズという若い人。果物で言うと青い梅のような生硬さが随所に顔をのぞかせ、先輩のジェームズ・レバインに比べたら10年早い音楽家ですが、まだまだこれから成長するはずです。

題名役のヒロイン、マリア・ゲレギナはものすごい剛腕、じゃなくて剛音の持ち主。フォルテからピアニッシモまで広大な空間の隅々まで音が飛んでいきますが、聴き惚れるような声の質ではありません。ミグ戦闘機の爆音みたい。

トゥーランドット姫に恋するカラフ王子のマルチエロ・ジョルダーニとピンポンパンの3馬鹿大臣も健闘していましたが、3幕の例の「誰も寝てはならぬ」のアリアでは、どうしても死んだパバロッティの激唱を思い浮かべてしまいます。

リューのマリーナ・ポプラフスカヤと老王サミュエル・レイミーは、見事に観衆の涙を引き出す名唱。冷酷な女王トゥーランドットに対してリューはいつでも儲け役です。
あとは当年とって82歳のチャールズ・アンソニーがトゥーランドット姫の父親役でしぶいところを見せていますが、なんといっても最大の見どころはフランコ・ゼフィレッリの壮大な見世物美術と群衆シーンの卓越した演出ぶりでしょう。いつまでも残しておきたいセットです。

それにしてもせっかく3つの難問に、「希望、血、姫」と正答したにもかかわらず、王子との結婚を拒む姫も、それに対して「わが名を当てよ」と逆の出題をする王子も、まっこと不条理を極める中華帝国的プロットであることよ。まあオペラの脚本なんて、めちゃめちゃなほうが、ドラマがうまくいくんでしょうが。


借金が税収より多き国埋蔵金を探して歩く人もなし 茫洋