蝶人戯画録

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ベルリンフィルの「モーツアルト集」を聞く


♪音楽千夜一夜  第171夜

昨日と同じソニーの超廉価盤でモーツアルトの7枚組を聴いてみました。この「聴いてみました」を私はよく「聞いてみました」と印字しているが、それで前者は少しく熱心に音声に耳を傾けるという点で後者と趣を異にするということを知らないわけではありませんが、字義としてはどちらでも間違いではなく、それに私は仕事をしながら音楽を聞いていることが多く、かてて加えていつも頭がぼんやりしているので、まあその大半が聴くではなくて聞いておるのです。

さてこのCDセットには、モーツアルトの代表的な交響曲10曲とポストホルンフォルンなどの著名なセレナード、そしてあの有名なバイオリンとビオラのためのシンフォニア・コンチエルタンテなども添えられており、それらを演奏しているのが全部ベルリンフィルなので、モ氏ファンには絶対に逸すべからざるコレクションと言えるでしょう。

バルリンフィルのいいところは、なんといっても音楽への前のめりの集中力の凄さでありましょう。彼らは常に指揮者よりも早く音楽に「熱中」し、「指揮者の棒を待たずに、自分がこうだと思う音を朗々と奏でる勇気」を持つ演奏家を数多くかかえていることで、まさにこの点において、失敗を死ぬほど恐れるかの東洋一あほばかN響はもとより欧州一のウイーンフィルよりも貴重な存在といえましょう。

死せるカラヤンに率いられた彼らが、ブラ一のコーダを全身を四方に揺らせながら忘我の恍惚状態の中で夢中になって演奏しているビデオを見て、私は彼らの音楽への献身に思わず涙した日のあったことを、いまでもよく覚えています。

それから、k550と551を見事に鳴らしている晩年のカルロ・マリア・ジュリーニとグランパルティータを振っているかの凡庸極まりないズンドコ・メータを除いて、その大半がクラウディオ・アバドの指揮であることもこのCDの商品価値を高いものにしています。

それにしても確か70年代のはじめにベーム翁に連れられて初めて来日し、ウイーンフィルとまことにつまらないベートーヴェンの7番を演奏したあの痴呆馬面のミラノ男が、ベルリンフィルを弊履の如く投げ捨てたあとに、これほど素晴らしいマエストロに変身するとは、いったい誰が想像したでしょう。
 

  天も裂けよ地も割れよ死地に乗り入るビオラ一〇人衆 茫洋