蝶人戯画録

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田村志津枝著「初めて台湾語をパソコンに喋らせた男」を読んで


照る日曇る日 第397回


昨年のユネスコの調査によると、世界ではおよそ6000の言語があるそうですが、そのうち約2500の言葉が、絶滅の危機にあるそうです。

日本ではあの金田一さんが研究なさったアイヌ語の話し手が、いまやたった10人になってしまい、その他八丈島・南西諸島(奄美、沖縄、宮古、八重山石垣島、国頭)など合計8つの言語が滅びつつあるというのです。貴重な動植物の消滅も気になりますが、言葉の消失も人類の文化遺産とその多様性の喪失という意味で惜しまれてなりません。

しかし私は、台湾語もある意味で存亡の危機にある言語であるとは、この本を読むまではまったく知りませんでした。

著者によれば、台湾語はもともとは中国福建州南部の言語で、その住民の移住によって台湾で使われるようになったそうですが、その移住民の子孫が7割を占めるこの地で台湾語が公用語になったことは一度もなかったそうです。

日本の植民地時代には日本語、中国からやって来た国民党政権の時代には標準中国語の使用を強要された台湾の人たちは、日常の生活語としてのみ彼らの母国語を、まるで江戸時代の「オラショ」のようにひそかに口伝えてきたというのです。

日本人でありながら台南に生まれ、侯孝賢監督の「悲情城市」などの台湾ニューシネマを初めてわが国に紹介するなど、この南の島に浅からぬ因縁を保ち続けてきた著者は、台湾語の消滅を憂慮し、最新のコンピューター技術を駆使して母国語を保存しようとする友人アロンの情熱的な生き方に次第に魅入られ、その一途な仕事振り寄りそうようにして、この「絶滅危惧言語」の実態に深入りしていきます。著者がとつおいつ書きすすめていく随筆とも交友録ともルポルタージュともドキュメンタリーともつかぬ奇妙な文章を読まされているうちに、あら不思議や、現在の台湾と台湾の人たちがかかえこんでいる歴史と年輪の重さというのものが、おのずから浮かび上がってくるような気配なのです。

台湾語は美しい言葉だ」と語るアロンに共感する著者は、きっとこう言いたいに違いありません。「台湾は美しいふるさとだ」と。



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