蝶人戯画録

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マーチン・スコセッシ監督の「アビエイター」を見て

闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.68

偉大なる飛行家であった大富豪ハワード・ヒューズの半生を名監督のマーチン・スコセッシが見ごたえのある映画に仕上げています。

史上最大の水上輸送機ハリキューズやゼロ戦に似たデザインの高速機などの設計統括に携わっただけでなく、飛行機会社を立ち上げ、ついにはトランスワールド航空を買収して当時最強の航空会社パンナムに対抗するなど、この一代のヒコーキ野郎の飛行機に賭ける情熱の凄まじさには圧倒されますが、その野心的な事業欲にも増して彼を突き動かしたものは、「大空を自由に飛ぶ喜び」であったことが、いき生きと描かれていて共感を呼びます。

恋人キャサリン・ヘップバーンに操縦を教えながら、ロサンジェルスを夜間飛行するシーンはとても感動的ですが、おそらくこの瞬間こそが、ヒューズとヘップバーンにとって生涯で最も幸福な時間であったのではないでしょうか。

強迫性障碍に付きまとわれて悲惨な死にざまを余儀なくさせられたハワード・ヒューズの霊を慰めるために、マーチン・スコセッシは、彼を野心的な大事業家や軽佻浮薄な漁色家として描くよりも、悲運の大フィルムメーカー、あるいは米国のサン・テクジュペリとして描くことを好んだような気がします。

なおヒューズ役のデカプリオは大健闘していますが、女優陣はみな駄目で、それら当代の有名俳優たちを「当節はどうしてこんな大根役者しかいなくなってしまったのかいな」と野村監督のようにぼやきながらも、楽しそうにメガフォンを取っているマーチン・スコセッシの穏和な顔つきが見えてくるようです。


此岸より名優多き彼岸かな 茫洋