蝶人戯画録

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メータ指揮「リゴレット・イン・マントヴァ」をみて

kawaiimuku2011-02-27



音楽千夜一夜 第182夜

これは2010年の9月4、5日にイタリアのマントヴァで開催された「ライヴフィルム・プロジェクト2010」というイベントで、ヴェルディのこの作品ゆかりの中世都市の王宮などを舞台に、オペラの同時録画が収録されたのである。

指揮者はこの種のイベントの常連で、かつて行われた椿姫やツーランドットのライヴではいつもの散漫な演奏とは打って変わった集中力を示した。かつては大いに期待されたにもかかわらず2流の指揮者としての定評が板についた超ベテランだが、不思議なことにこういうライヴの一発勝負には強い人なのである。

表題役には御大プラシド・ドミンゴマントヴァ侯爵には若手のビットリオ・グリゴーロ、リゴレットの愛娘で悲劇的な死を遂げるジルダにはユーリア・ノヴィコヴァと良い歌い手が揃った。ドミンゴはさすがに老いたが、この人の演技は素晴らしい。グリゴーロはやたら汗をかくのは止めてもらいたいが、ノヴィコヴァは純情可憐な役どころにうってつけの好演である。

オケはRAI、昔はローマの名がついていたが、いまはいくつかのオケガ統合されたようでイタリア国立放送交響楽団とクレジットされている。典型的な2流の楽隊だが、日本のオケと違ってさすがイタオケ。妙に神経質なところがないのがよろしい。

それにしても娘の貞操を蹂躙したマントヴァ侯を暗殺しようとたくらむリゴレットの心情は理解できても、その侯爵を熱愛するあまり我身を犠牲に捧げるおぼこ娘の純情に共感することはむずかしい。これでは娘に死なれたせむしの道化役は死ぬにも死に切れないだろう。

かくて弱き悪は、強き悪には歯が立たなかった。かろうじて暗殺をまぬかれた公爵の能天気な「女心の歌」が、いつまでもマントヴァの夜空に響くのであった。ちなみにこのオペラの原作はヴィクトル・ユーゴーの「王は楽しむ」である。


        卒塔婆一本先祖代々癌の家 茫洋