蝶人戯画録

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拝啓 日野原重明様

バガテルop135

昨日、朝日新聞の日曜日の「be」の連載コラム「99歳私の証、あるがままに行く」で、「病名のつけ方を見直そう」という記事を拝読いたしました。

そのおもな内容は、「認知症」はよく意味がわからない病名なので、英米がすでにそうしているように、この病気を最初に研究したドイツの精神病医アルツハイマー博士の名前をとって「アルツハイマー病」にしたらどうかという提案で、私も大賛成です。

ところがこれに続けてあなたは「ただ自閉症というネーミングだけは現状のままでいい。自閉症は周囲の人とのコミュニケーションがとれず孤立した生活をし、義務教育を受けるにも支障がある病気!で、このような子供に対しては音楽療法が効果的であるということが実証されている」などと述べておられますが、ここには聖路加国際病院の理事長ともおもえぬ誤解と謬見が含まれています。

まず自閉症は風邪やガンやエイズのような病気ではありません。この自閉症は「発達障害」のひとつで、その原因は「生まれながらの脳の機能の障害」にある、というのが最近の世界の医療関係者や研究者の定説になっています。
自閉症児・者はおそらくは脳のどこかに微細な損傷があるために中枢神経系のネットワークに不具合が生じ、そのために「周囲の人とのコミュニケーションがとりにくく」なるのです。

また「孤立した生活」をしているとありますが、別に好んでそうなっているのではなく、心の中では他人とコミュニケートしたくてたまらないのに、悲しいかなそれが物理的・機能的にできないわけですから、健常者が彼らを「自閉的である」などと勝手に決め付けるのは考えものです。事実まったく非自閉的で明るく元気で活発な自閉症児者もたくさんいるのです。

自閉症は、100人に0.9人程の発症率といわれ、人や物との変わった関わり方をしたり、大人や同年代の子どもとのコミュニケーションがうまくとれなかったり、興味や関心が非常に偏っており、同じことを繰り返したがる特徴をもっていますが、もっと重要なことは一人ひとりその障碍の特徴が違う、ということで、そこにこのいまだ治療法のない重篤な障碍への対応が一筋縄ではいかない難しさがあります。

あなたは「義務教育を受けるにも支障があり、このような子供に対しては音楽療法が効果的である」などと述べておられますが、義務教育を受けている自閉症の子供も大勢おりますし、音楽療法なんか全然効果がない子供のほうが圧倒的に多いのです。

 最後に自閉症という名前についてですが、このネーミングは次のような理由で良くありません。1つは先ほど説明しましたように、実際はネアカで元気な子供が多いのにネクラで引きこもりのように誤解されてしまうこと。第2に、この障碍の本質が「器質」の損傷ではなく、「情緒」の障碍や「病気」であるかのように誤解されてしまうこと。第3に「自閉的」イコール「自閉症」と勘違いされてしまう危険があることです。

そのような問題があるこの障碍の名前を、私は30年以上前からこの症状の最初の発見者であるアメリカのジョンズ・ホプキンズ大学のレオ・カナー氏の名前にちなんで「カナー氏症候群」と改名するよう日本自閉症協会にも提案し続けてきましたが、残念ながらまだ実現をみておりません。

どうか日野原重明氏におかれましてもこの厄介な障碍についてさらに理解を深めていただくとともに、この際聖路加国際病院において「カナー氏症候群専門科」を新設していただけたら、不肖あまでうすの喜びこれにすぎるはありません。
敬具