蝶人戯画録

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クラウディオ・アバド指揮ルツエルン祝祭管の「マーラー第9」を視聴


♪音楽千夜一夜 第208夜

昨2010年8月20、21日にスイスのルツエルン文化会議センターで行われた演奏のライブを衛星放送の録画で視聴しました。

まずこの人のマーラーは、ちっとも苦しんだり不安に苛まれたりしていないのが途方もなく奇妙かつユニークです。いったいこの世紀末の世界苦の神経病みのヒポコンデリーのユダヤ人音楽家のことを、アバド選手はどんな風にとらえているのでしょう。まさかその音楽通りの能天気な楽天家と思っているのではないでしょうね。

次にこの人のマーラーは、限りなく美しい。異常なまでに透明で、抒情的で、天国的に美しい。アバドはその快美悦楽の園の世界を、見も世もあらず、歌いに歌います。
あたかもつとに天上の音楽として知られているト長調交響曲の最終楽章の世界を、このニ長調の最後の交響曲の最後の楽章でまたも再現しようとでもするように。

これはワルターバーンスタインやテンシュタットとは正反対の音楽。そこに暗欝なデイオニソスの懐疑や暗黒や疑惑の影などひとかけらも見えず、地中海を浮遊する太陽神アポロンが放つ黄金の光の音楽があんぐりと口を開けっぱなしの私たちを魅了する。そう、これもまた、もうひとつの異貌のマーラーなのです。


天に星地に蛍舞う十三夜 蝶人