蝶人戯画録

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川西政明著「新・日本文壇史第5巻」を読んで 後篇

照る日曇る日第437回

川端康成の「雪国」の駒子のモデル、小高キクがなんと昨二〇一〇年一月三一日に八三歳で亡くなったとは知らなんだ。著者はこの雪国が後年の「美しい日本の私」への一里塚であったことを手際よく論証している。

最後のとっておきのお楽しみは、井伏鱒二の巻である。私はかねてから東京の高田馬場に所在するある大学のことを故赤塚不二夫氏とともに「馬鹿だ大学」と公言して顰蹙を買っているが、それは総じてこの大学の学生の優秀さに比して教師のレベルが酷過ぎたからであった。

ところが思いがけず本書でその輝かしき伝統は、井伏鱒二の時代からすでに堂々と存在していたことを知って私は一驚し、かつまたその確信を新たにした次第である。

早稲田の露文科に入った鱒二は、片山伸という男色趣味の教授に襲われ、あわやというところを辛うじて逃れ、それが元で結局馬鹿だ大学を退学して文士になる道を選んだそうだ。この片山は井伏のみならず多くの学生を毒牙にかけ、多数の男色犠牲者を出したので、遂に大正一三年の一〇月に当時の露文科の講師たちが立ち上がって、かの坪内逍遥や吉江喬松などに訴え出たので、片山はとうとうロシアに逃亡したという。

以上駆け足で紹介したが、頭から尻尾まで餡子がてんこ盛りに入った美味しいタイ焼きのようにニッポンの文壇史を堪能できるのが、この本である。


一匹の蛍が統べている私の暗闇 蝶人