蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

内田樹・高橋源一郎著「沈む日本を愛せますか?」を読んで

照る日曇る日第438回

表題の問いかけについては、もちろんイエスだが、別に無理矢理愛する必要はないでしょう。ジャパンがじゃんじゃんシュリンクすることは、五五年体制が崩壊し、バブルが崩壊し、戦後が崩壊したときからみんな分かっていたことで、ただそれを口にしてもどうしようもないから黙っていたにすぎない。

これからしばらくの間は、いやもしかすると数世紀の間は、少子高齢化の我が国には右肩上がりの経済成長はなく、大いなる発展やら繁栄やら物質的な豊かさは夢のまた夢と成るので、生産と消費のスケールを死なない程度にゆっくりと落としていって、節電やら省エネどころか食欲も性欲も出世欲も半減させ、つまりは個々の価値観とライフスタイルを激変させ、おのれの身丈に合った新後進国にふさわしいちまちました生活をすればいいのである。

日本がラフォンテーヌの「寓話」のカエルのように己を夜郎自大に過信して膨張すると自他ともにろくなことにならないのは歴史が証明している。経済大国の首座を争奪戦とする熾烈なたたかいは例のBRICS諸国にゆだねて、われらはベネチアやローマやロンドンやマドリードのように、壮大な黄昏の中で、ゆっくりと歴史の主舞台から退去していけばいいのである。

もうひとつの論点である我が国の米国への属国化は、一九四五年から現在までずっと続いてきたことであって、いまに始まったことではない。もちろん江藤淳と武装共産党全共闘が墓場から化けて出て共同戦線の最前列に立って反米独立攘夷闘争を成功させれば、旧来の陋習や精神的コンプレックスやら憲法トラウマなどは払しょくでき、新しいニッポンの夜明けが訪れるだろうが、そんな無茶なことをしなくとも、半世紀以内に米帝の政治経済軍事優位は崩壊するから、その隙に魔法が解けたわれらは自然とあこがれの自主独立を労せずに手にすることができるのである。


あんたは人の話を全然聞かないからきっと政治家になれるだろうよ 蝶人