蝶人戯画録

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ストラビンスキー自作自演エディション全22枚組を聴いて

♪音楽千夜一夜 第215夜

欲しくて買えなかったLP31枚組が、1枚たった130円の最新録音盤CD22枚に大変身。これでは最低級カナー氏症候群の息子を質屋の抵当に置いても買わずにはいられませんでした。輸出企業には悪いけれどこういうのだけは超円高大歓迎ですが、1ドル75円ならあと3割は安くなるはずだぜ。

LP時代に耳にしてその明快な穏和さに胸のすく思いをした「春の祭典」から聴きはじめましたが、作曲家が自分で作曲した音符を懇切丁寧に音にしていくその過程に耳を傾けていると、それが本家本元の演奏であるというにとどまらず、なるほどこれがストラビンスキーが言いたかったことなのだ、というこの曲の真価が手に取るようによくわかります。

ブーレーズバレンボイムや小澤やなどの妙な思い入れや派手な演出をきれいさっぱりと四万十川の清流で取り去ったこの曲は、彼らが勝手にそれと思い込んでいる「20世紀の前衛音楽くう」などではさらさらなく、むしろ正統的で典雅な舞踏音楽であることが美しく、柔らかく耳朶に沁みわたるのです。

バレエ曲や交響曲も滋味深い演奏ですが、もっと興味深いのは彼の室内楽やオペラやカンタータやオラトリオで、ここに流れているヘンデル、ヴィヴァルディ、バッハなどの正統的な源流にさまざまな角度から戯れようとする彼の多種多様な試みは、いくら聴いても聴きあきることがなく、それあるがゆえに今世紀最大の多主義作曲家と称されているのでしょう。

     もう飽きか明きか空き缶かあ。秋だ! 蝶人