蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

成瀬巳喜男監督の「おかあさん」を見て


闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.204

1952年新東宝製作の珠玉の名作です。

水木洋子の素晴らしい脚本と斎藤一郎の「いつでも晴れた」音楽、成瀬の練達のメガフォンの下で涙ぐましい演技を見せてくれるのは、お母さん役の田中絹代、お父さん役の三島雅夫、ナレーター役も兼ねる長女の香川京子、叔母さん役で私の大好きな中北千枝子等々です。

長男があっけなくみまかり、続いてクリーニング屋の父親も死んでいく。次女も口減らしのために親戚に引き取られていく。戦後間もないわが国の諸行無常の姿を、監督はじつにさりげなく描いています。

父親の軍隊時代の元部下で、クリーニングの仕事を手伝っていた加藤大介と田中絹代は本当は好き合っていたのですが、いっしょになればいいのになあと私などが思っていたのに、これもさりげなく別れの時が訪れるのが小津流。父を失った貧しい一家の大黒柱として田中絹代のお母さんは朝から夜中まで来る日も来る日も独楽鼠のように働き続けるのでした。

 香川京子の恋人役の岡田英二の明るく純情なパン屋の息子も好演。長女たちが映画を見にゆくと突然画面全体に「終」のタイトルが大映しになるので、こんなところでこの映画は終わるのか。さすがは小津だ。すごいカットをするもんだなあ、と驚いていましたら、それは上映中の映画が終わったのでした。

いろいろ人世花嫁御寮、見ながら3回は涙を絞らずにはいられない人情紙風船映画です。


コメントの無き日々に耐え日記書く 蝶人