蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

木下恵介監督の「楢山節考」を見て


闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.214

深沢七郎の原作を木下恵介が1958年に最初に映画化した作品である。

むかし極貧にあえぐ山村では、口減らしのために70歳になればいくら頑健で歯が丈夫でも村の果てにある楢山に捨てられ、哀しくも残酷な最期の時を迎えるさだめにあったのだ。
落葉した楢の樹海の向こうには、白い遺骨やしゃれこうべが散在し、岩山の頂きには烏が隙をうかがっている。やがて雪が降り始めた雪が老婆の肩にうずたかく積もって行くのだが、主演の田中絹代が石臼で歯をぶち折るシーンは鬼気迫るものがある。

それを思い、これを思えば、いかに国土と精神がいかに疲弊荒廃しようとも、3度3度の食事ができ、柔らかな布団で安眠できる平成の御代の有り難さが心から身にしみる映画である。

 田中絹代という人は顔容は地味だが、声に独特の個性があった。昔陋屋を訪ねてくれたジャック・ドワイヨンジェーン・バーキン夫妻を、かつて彼女が住んでいた鎌倉山の山椒洞に案内し、妻と四人で懐石料理を食したことがあった。茫々三〇有余年、遠く富士山を望む風光絶佳の一大文化遺産を買い上げて跡形も無く破壊したのみならず、日仏映画人
結ぶ我が家のささやかなえにしをも踏みにじった無法者は、すでに逗子に豪邸を所有するMMという金満強欲の芸能人であった。

凍水に呑まれ息絶え流されて魚に喰われし人をし思ほゆ 蝶人