蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

フェリーニ監督の「甘い生活」を見て


闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.215

表層のにぎやかしとは裏腹に、ただ一人で生きていて、ただ一人で死んでいく人間の哀歓と虚妄をマストロヤンニ扮するトップ屋の寄る辺なき生をつうじて描き出した巨匠の不朽の名作です。

それにしてもこのモンクローム映像に登場する女性たちのなんという美しさ、そして輝かしさよ! あらゆる映画のあらゆるショットの頂点で光り輝いているのが、このフィルムに定着されたアヌーク・エーメやアニタ・エクバーグの銀色の映像です。

夜な夜な繰り返される、甘いどころか、狂気と痛苦に満ちたらんちきパーティの仇花の壮絶さよ。1960年現在のイタリアでこの名監督の胸に宿っていた生と性についてのニヒリズムの深さと絶望は、ほとんど底なし状態にあったのでしょう。パーティが果てて海辺に出た一行の前で不気味に見詰める巨大なエイの碧眼は、おそらくきっとその象徴なのです。

入り江の向こうに朝の光を浴びて立つ少女。その新しい未来からの呼びかけはついにくたびれ果てた主人公の耳に届くことなく、この長大な病める魂の内省録はようやっと幕を下ろすのです。

死んだ魚の眼を見ている死に掛けの人々 蝶人