蝶人戯画録

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平岩幹男著「自閉症スペクトラム障害」を読んで

 

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照る日曇る日第584回&バガテルそんな私のここだけの話op.164

 

これは自閉症について初めて岩波書店から出版された新書ではないだろうか。福祉や医療、児童教育についてはかなりのレパートリーがあるのに、2012年の年末になってようやくこのジャンルの入門書が刊行されるとは、名門書肆の旧弊と怠慢以外のなにものでもない。

 

されどわが敬愛する佐々木正美先生に私淑する著者によって書きおろされたこの本は、とかく世間から無視され、あるいは敬して遠ざけられていたこの障碍に関する最新の、また好個の解説書として、やや遅きに失したとはいえ、江湖のしかるべき歓迎を受ける資格はあるだろう。

 

今から30年くらい前にはカナーによって発見された自閉症といえば本書でいう古典的な「カナー型」しか存在しなかったのだが、80年代以降はそのカナー型の自閉症を基本に、同根異種的な発展形態としての「高機能自閉症アスペルガー症候群)」や「注意欠陥多動性障害」、「学習障害」を含めた広汎な「発達障碍」と位置付けられるようになったが、その障碍の本質が脳の中枢神経系の生まれついての機能障碍にあることは言うを待たない。

 

私の長男が横浜戸塚の療育センター(旧こども療育)で東大医学部の2人の教授に診断を請うたのは1976年のことだったが、当時既に東神奈川の小児療育センター、東京の梅ヶ丘病院、久里浜の国立医療センターなどでは先進的な研究によって自閉症心因説を退けていたにもかかわらず、彼らは己の不勉強を棚に上げて「ご両親の子育て方法が間違っていたために心に傷が出来てしまったのです」などと私たちを誹謗中傷しながら偉そうに誤った御託宣を下したことを私は一生忘れないだろう。

 

いわれなき権威にあぐらをかき、かくも無知にして傲慢かつ人格最低の輩を教授に戴く東大医学部を、過ぐる1968年の熱い夏に根底から打倒解体しておかなかったことを、私はそのときほど悔やんだことはない。

 

 アホ馬鹿の東大教授の暴言に我は憤怒し妻は泣きたり昭和51年夏戸塚の杜に 蝶人

 

 大衆の原像などは虚妄なれど自閉症児者の生にほのかに浮かぶ人間の原像 蝶人