蝶人戯画録

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工藤栄一監督の「十一人の侍」を見て

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闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.455

 

天保十年の某国某藩における御家騒動を扱った暗欝な時代劇である。将軍のアホ馬鹿息子が引き起こした陰湿な殺人事件が起こったのが旧暦十月としてあるためか、登場人物の吐く白い息が気になって仕方がない。厳寒期の撮影は俳優たちやスタッフも厭だろうが、観客にしてもなにやら息の生臭ささえ偲ばれて、これはいくら映画が面白くても観劇の著しいさまたげになるのである。

 

息の臭さで思い出すのは「風と共に去りぬ」。強引にクラーク・ゲーブルからキスされたビビアン・リーが「なんともいえず臭かった」と語った話が有名だが、彼は恐らく胃炎か歯槽膿漏だったのだろう。

 

煙草を飲む人や口が臭い人が不用意に情人に接吻すると、たとえそれまでいくら愛されていたとしても、ひとえにそのために嫌われて、せっかくの愛を失う羽目になることがあるから要注意である。逆に、そんな臭さを我慢してまでけなげに接吻してくれる情人の愛の深さは、また格別のものがあるとも言える。

 

それはともかく、この十一人の侍たちの血なまぐさい復讐劇は黒沢の活劇を思わせるほどにリアルである。このあいだ鎌倉で亡くなったばかりの夏八木勲や大友柳太郎、里見浩太郎西村晃は真冬の寒風に晒されながら体と刃をぶつけ、泥水にまみれ、のたうちまわりながら主君の命を巡って死に物狂いで切り合うのだが、当節の形態模写のような静脈流チャンバラ主義者もぜひ見習ってほしいものである。

 

宮園純子は可愛らしい。音楽は伊福部昭だが、切った張ったの恐ろしい剣劇シーンにあのゴジラの音楽を流して欲しかった。

 

嗚呼また無明長夜の悪夢が続いていくんや 蝶人