蝶人戯画録

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「円」の2013アンシャンテ公演「ビロクシー・ブルース」を観て

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茫洋物見遊山記第125

 

演劇にうとい私が生まれて初めて見物したニール・サイモンの自伝的ビルドゥングスドラマですが、非常に面白かった。

 

ときは第2次大戦中の1943年、アメリカ南部ミシシッピー州のビロクシーを舞台に作家をめざす主人公のユージンをはじめとする新兵仲間が、とても風変わりな鬼軍曹に徹底的にしごかれながらも軍人として一人前?になっていく疾風怒濤、悲喜交々、波瀾万丈の物語です。

 

そこでは洋の東西を問わず人間性を完膚無き迄に剥奪する軍隊組織の在り方、ユダヤ人や黒人、同性愛者への強烈な差別と偏見がするどく見据えられているのですが、その傍らでは新兵同士の友情や鬼軍曹への対決、主人公のユーモラスな娼婦初体験やロマンチックな初恋などが息もつかさず繰り拡げられ、見る者を飽きさせません。

 

特に興味深いのはユージンと同じユダヤ人のエプスタインという若者で、彼がおのれの思想と信条を武器にしながら身を挺して非情で冷酷な軍隊組織と孤立無援の戦いを続けていく姿は感動的ですらある。こういう人物こそがアメリカの民主主義の根底を支えてきたのでしょう。

 

訓練を終えて軍隊紙「スターズ&ストライプス」の記者となった主人公をのぞいて戦場に赴いていった仲間たちの多くが悲惨な結末を迎えたというエピローグを聞くと、思わず胸が痛くなりました。

 

演出も役者も新人ばかりの自主公演とはいえ、どんなセリフも耳にきちんと届くヴェテラン芦沢みどりの達意の翻訳、低予算を逆手に取ってパイプ什器のみで軍営や列車などの空間を自在に表現した舞台装置の工夫など、随所に見どころ聞きどころのある自主公演でした。

◎本公演は本日28日と明日29日まで演劇集団「円」(東京メトロ銀座線「田原町」下車)にて上演中。

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全山が緑というがその緑ぜんぶが全部違っているのだ 蝶人