蝶人戯画録

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中村登監督の「紀ノ川」を観て

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闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.460

 

紀の国を悠々と流れる大河紀ノ川にも似たある女性の生涯を、あしひきの山鳥の尾の垂り尾のごとく長々しく描く。

 

中村というよりは撮影監督の成島東一郎の長所はその抒情性にあって、ヒロインの司葉子が朝紀ノ川を舟で下って夜に嫁入りするシーンなど、彼女の美しさとあいまってまことに素晴らしい。

 

しかし彼女が田村高広の実家に嫁入りして子をなし、子に背かれ、戦争になり、戦後になってうんぬんかんかんという年代史的な展開は、原作を忠実になぞっているだけの趣がつよく退屈だ。田村が演じている政治家が紀ノ川の氾濫を防ぐ歴史的大工事を成し遂げたような話になっているが、これは事実に反するし、ときどき思い出したように挿入される紀ノ川のカットもうるさく、それにいちいち反応している武満徹の音楽も珍しく饒舌でありすぎる。

 

これは女優司葉子のかつての美貌を銀幕史に永久にとどめる映画としてわずかに価値があるのだろう。

 

土踏まぬ超高層の少年の掌の上をダンゴムシは行く 蝶人