蝶人戯画録

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オタマジャクシはカエルの子 後篇

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バガテル-そんな私のここだけの話op.168鎌倉ちょっと不思議な物語286

 

 

今から10年ほど前のある日、突然このヒキガエルの雌雄が10匹ほど峠道の水たまりに現れて見境なしに交尾していたことがあった。

 

「ぐええ、ぐええ」と奇声を上げながら雄が雌を追いかけまわし、背後からのしかかる異様な春の祭典を半日がかりで楽しく見物したものだが、そのあとには大量の卵が産み残され、なかにはちょん切れてひものようになったのもあった。

 

しかし時ならぬ春の祭典はたった1日で終わり、交尾軍団はその翌日からは杳としてその行方を絶つのである。

 

残されたヒキガエルの卵は人の腸のように長く繋がっていて、ゼラチン状の箱の内部には孵化する前の黒い卵がひとつずつ眠っている。ヤマアカガエルの卵は円錐状の小さな透明の山のようになったゼラチンの中に、ヒキガエルよりもうんと小さい黒点が入っているのだが、この黒い点が♪オタマジャクシはカエルの子、のお玉になるのである。

 

彼らがなぜか単独行を好まず、常に仲間とひとつところに凝集するのは、孤を嫌い衆になずむわが大和民族の性癖に似てまことに不愉快だが、狭い水域に一目数百匹という高密度で蠢くオタマジャクシは頭を軸にしてゆらゆら動き回って愛らしい。

 

しかし無数とまで思われたオタマジャクシも、カラスやヘビ、そして最大の天敵である人間どもの手にかかってどんどん数が減ってゆく。

 

人間たちの中には彼らの生育環境を無視してオタマジャクシを自宅へ持ち帰って無惨な最期を迎えさせたり、オートバイや4輪駆動車で野原に侵入して泉や水たまりもろとも殺戮を恣にする凶悪犯がいるので油断できない。

 

けれどもよしんば獰猛なる殺人鬼の魔手から辛うじて逃れることができたとしても、肉食の彼らにはカツオブシなどの好個の餌がてぢかにないために、生き延びるための共食いという死と恐怖の通過儀礼が待ち構えている。

 

親ガエルの産卵以来オタマジャクシが晴れて小さなカエルとなって水たまりを離れるのはおよそ半年後だが、その確率は極めて小さく、おそらく2001の割合だろう。

 

その奇跡の1をあらしめるためには、毎年三角形の底辺部が途絶することなく維持され、出来得べくんば豊かに富ましめて保たらねばならぬ。かくして余のオタマジャクシ存続活動は細く長く、およそ30年の歴史を閲したのであった。

 

 

百千のオタマジャクシが陽に向かい「早くカエルになりたい」と叫ぶ 蝶人