蝶人戯画録

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橋本治著「初夏の色」を読んで

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照る日曇る日第625回

 

「枝豆」という短編が一風変わっている。主人公の大学生が「草食系男子」についてのインタビューを受けるうちにだんだんけったくそが悪くなってくる。

 

それが終わって同級生の女子からも「君は草食系なの?」と聞かれて、「いや、今はまだ莢の中に入っているけど、その内にポロッと出てくる枝豆系」と答えてケムに巻いているうちに、なぜだか2人が男女の仲になっていくような微妙な気配が漂うところで小説が終わる。じつに達者な筆だ。

 

ここでは小説の形を借りて男子の欲情の形態が議論されているのが珍しく、また面白くもある。思うにその形態には種々色々あり、中上健次渡辺淳一石原慎太郎などの小説には、女とみれば直ちに欲望を抱いて暴発しかねまじき肉食系のマッチョな男性が登場するが、その反対にいくら性的魅力のある女性に迫られても反応できない疑似不能型の超草食系の男性も数多く存在する。

 

前者が原始的動物的単細胞、後者を現代的知的繊細複雑怪奇と決めつけて済ませられたら簡単だが、その中間型も数々あり、時と所と状況によっては同一人物の内部においてもそれらが瞬時に入れ替わったりするので、安易な定型化は許されない。

 

そいう意味では、「草食系でもなく非草食系でもない枝豆系」とは今日の男性の性意識の主流であるのかもしれないな。

 

枝豆なんかにえらくひっかかってしまったが、本書に収められた短編の中の白眉は、疑いもなく著者の最新作である「海と陸」であり、ここに描かれた大震災と真正面から愚直に向き合うある少女の感動的なまでに直截的な生き方は、読む者の心に大きな衝撃を与えずにはおかない。

 

茶葉の陰に茶色の羽根を立てているムラサキシジミよ紫を見せよ 蝶人