蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

藤野可織著「爪と目」を読んで

f:id:kawaiimuku:20130903163021j:plain

 

照る日曇る日第627回

 

芥川賞を受賞した「爪と目」は、ざっくり要約すれば、継母に反抗する娘がどたんばで恐るべき仕返しをするという、親の因果が子に報いるという平成版びっくり残酷話であるが、その道行自体よりも、著者独特の生理的な感受性と、登場人物の一人であるその継母を「あなた」という2人称で設定したことの違和感と意外性が際立つという奇妙な小説である。

 

世に行われている小説の大半は、なぜだか1人称か3人称で語られている。この小説も基本的には3人称で進行しているのだが、本来は3人称で語られるべき「継母」にだけあえて「あなた」という2人称をあえて導入したことが、この継母の性格の異様さを浮き彫りにするという効果をもたらし、それが今回の受賞につながったと思われる。

 

いわば瓢箪から駒の、ポール・ヴァレリーのいわゆる「方法的制覇」が、この快挙を生んだのだろう。

 

しかしこの作者の本領はむしろ受賞後に書かれた「しょう子さんが忘れていること」に発揮されていて、脳梗塞をおこしてリハビリ病院に入院している孫まであるしょう子さんのベッドに、夜な夜な忍び込む青年との喜びと嫌悪感が複雑に入り混じった俗情の輝きこそ、作者がいちばん描きたかったことなのだ。

 

恐らくこの人が世間や他人たちに対していっちょまえに空高くそびえさせている異和感と嫌悪感の壁こそ、じつは彼女が真実の愛とまじわりを芯から恋焦がれていることのあかしなのである。

 

 

 

秋深し日に三百頓の汚染水 蝶人