蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

大江健三郎著「晩年様式集」を読んで

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照る日曇る日第637回

 

私はこの作家のきざなタイトルともって回った粘着質のいそぎんちゃく的文体が大嫌いで、昔からほとんど読んでこなかったのですが、「これで最後」と銘うたれた前作の「水死」が、それこそ想定外の、途方もない、かつまたまぎれもない大傑作だったので、「最後の最後!」とまたしても銘うたれた本書をいさんで手に取ってはみたものの、いったいこれはなんじゃらほい。

 

老残の大家がその生涯と旧作を回顧しながら私小説風に物語るメタ・フィクション、という点では、前作と共通する部分もあるのですが、過去の彼の作品や親戚、友人知己とのああした、こうした、それがどうしたという思い出話に無関係で無知な読者にとっては、まるで事態がチンプンカンプンなのであります。

 

もちろん作家が大震災に衝撃を受けたことや原発再稼働に強く反対していること、障がいを持つ息子との交渉に難渋していること、死んだ伊丹十三とその家族たちに寄せる想いなどについては充分に共感できるものの、大半はこの偉大な作家の熱烈なファンでなければとうてい読むに堪えないどうでもよい話の、さながら牛のよだれの垂れ流しです。

 

彼の宿敵であった江藤淳なら「歳は取りたくないものです」と冷やかすところでしょうが、「私は生き直すことができない。しかし私らは生き直すことができる」という主人公の母親が彼に遺した「形見の歌」こそ、著者が声を大にして後世に届けたかった希望のメッセージなのでしょう。

 

 *本日の特別付録 

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1419435341&owner_id=5501094

 

 

何ゆえに黄色い蝶に心が騒ぐのだろうわが小幸のエンドルフィンよ 蝶人