蝶人戯画録

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沢木耕太郎著「流星ひとつ」を読んで

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照る日曇る日第640回

 

 

若き日のノンフィクション作家が、1979年、引退宣言をしたばかりの人気流行歌手藤圭子にインタビューした話題の書物を手に取ってみた。

 

はじめは頑なな態度を示していた歌手が次第に打ち解け、旭川における食うや喰わずの貧しい生活、目は見えないが優しい母親、いわれなき暴力を振るう父親、親子3人のどさ回り巡業について言葉を飾らず正直に真正面から答えはじめる。

 

著者は芸能記者やマスコミによって異常にねじ曲げられて伝えられていた「藤圭子」という手あかにまみれた既存のイメージをきれいさっぱりとぬぐいさり、当時28歳だった彼女の、おおらかで、いきいきとして、とてもチャ-ミングな人柄を余すところなく引き出しており、私たちは彼女の朴訥な語りを通じて、ああここに昭和の時代と青春を健気に生きてきたひとりの大和撫子が存在している、という確かなてごたえをつかむことができるだろう。

 

それにもまして興味深いことは、2人の長い長い会話だけで構成されたインタビューの中から、あの「新宿の女」や「圭子の夢は夜ひらく」の黒くしゃがれた低音が鳴り響いてくることで、私の大好きだった天才歌手がどうしてあんな悲惨な最期を遂げなければならなかったのかという疑いと悲しさと悔しさは、本書を読み終わった後もますます募ってくるのであった。

 

 

なにゆえに飛び下りたのか いやもう一つの山へ飛ぼうとしたのだ新宿の女よ 蝶人