蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

小津安二郎監督の「秋刀魚の味」を見て

kawaiimuku2013-01-15


闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.381

何度見ても(聴いても)斎藤高順のミニマル音楽とインテリアの色彩が素敵な日本映画だ。

しかしこの小津の遺作のテーマは「晩春」と同様またしても「女性の結婚」である。23、4になった女性はたとえ母親を亡くした父親が生活に不自由しても、早くどこかへ嫁ぎなさいと何度も何度もせっついているわけで、今となっては非常に古めかしいどうでもよい話を主題にしているのが気になる。

気になるといえば岸田今日子がマダムをやっているトリスバーで知り合った元艦長の笠智衆と元水兵の加東大介が軍隊行進曲で敬礼し合いながら、過ぐる大戦について交わす問答も気になる。

「もし勝っていたら俺たちニューヨークですよ」と気勢をあげるギュウちゃんに頷きながらも、「でも負けて良かったんじゃないかね」と艦長が冷静に答えるわけだが、もし本当に勝っていたら、映画はさておき、今頃日本と世界はどうなっていただろうか、という問題である。

もし先の民主主義国と全体主義国の世界対決において、幸か不幸か本邦を含めた後者が勝利していたなら、世の中はどうなっていただろう。その妄想を逞しくするなら、NY進出は駄目でも、天皇制ファシズム国家の日帝は中国全土とソ連の東半分、亜細亜全域と太平洋の諸島、北米の西半分を占領する巨大帝国と成り上がり、おそらく半世紀は独伊両国と全世界を3分したに違いない。

尖閣竹島、北方4島などちいせい、ちいせい」というビッグスケールの法螺話ではあるが、そんな誇大妄想をなおも夢見ながら、ギュウちゃんは狭いバアの中を徘徊していたんだろう。

民主か独裁か、正義か悪かはいざ知らね、勝てばしばらくは官軍である 蝶人