蝶人戯画録

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熊谷久虎監督の「智惠子抄」をみて

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闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.612&鎌倉ちょっと不思議な物語第309回

 

いよいよ原節子特集が終わりに近づき、満員御礼の川喜多記念映画館で、本作を鑑賞しました。高村光太郎山村聡、智惠子を原節子が熱演する1957年の東宝映画であるぞよ。

 

監督はヒロインが長く鎌倉浄明寺の熊谷邸に身を寄せた他ならぬ熊谷久虎であるが、彼のなみなみならぬ、そして小津にもおさおさおとらぬ思慕と愛情が、画面ぜんたいに満ちあふれる愛の映画である。

 

じっさい若き芸術の徒として画筆をとるショートカット姿の清純なヒロイン、精神に異常を来たした彼女の、まるで観音様のお顔から御光が差してくるような神々しい、至福の、そして恍惚の表情はこの映画の白眉であり、おそらく原節子が出演したすべての映画の、すべてのシーンのなかでももっとも美しい、日本映画史上不滅の名場面であろう。

 

熊谷久虎は、独逸でイトレルに会って心酔したり、戦時中私が蛇蠍の如く忌み嫌う極右国粋主義に入れ上げてとかく評判の悪い人物ではあるが、義妹原節子への至情の愛(それはもしかすると精神的なものだけではなかったかもしれない)がうみだしたこの記念碑的な数秒ゆえに、私はその演出のゆるさも、カットつなぎの素人芸も、なにもかも許そうと思うのである。

 

 

 

なにゆえに政治を歌に詠まないのかそれがあんたの政治的立場だからさ 蝶人