蝶人戯画録

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ドナルド・キーン著作集第9巻「世界のなかの日本文化」を読んで

 

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照る日曇る日第650回

 

キーン翁の講演「世界のなかの日本文化」、司馬遼太郎との対談「日本人と日本文化」、「世界のなかの日本」を3本柱に、安部公房梅棹忠夫井上ひさし星新一山崎正和芳賀徹小西甚一、辻邦夫との対談をおまけにつけたボリュウム豊かな1冊です。

 

対談というのは、ある意味では相撲や剣術の真剣勝負に似ていて、見知らぬ2人が刀を向けるようにして口を開けば、たちまちにしてその人の力量がお互いに伝わり、その瞬間に(別に勝ち負けを争っているわけではないのに)勝負がついてしまいます。

 

最初にキーン翁と立ち会ったのは、好漢司馬遼太郎選手ですが、はじめのうちは、たかがアメ公のインテリ風情、とちょいと小莫迦にしながら、長刀を大上段に振りかぶったところ、江戸時代の日本人が必ずしも儒教の影響を受けてはいなかったという事実を次々につきつけられ、いきなり胴を払われて一本、勝負あり。

 

こんなはずではなかったと、遼太郎選手は眼の色を変えて打ちかかるのですが、どこをどう突いても蝶のように舞い、蜂のように刺す碧い眼の太郎冠者義経に軽くあしらわれ、さすがの弁慶も参ったと降参する辺りから、本当に実のある対話が交わされていく有様が手に取るように分かります。

 

こんな調子で次々に登場する対話者に対して圧倒的な勝利?を収め続けたキーン翁が、青眼=正眼に構えたままうーむと唸って動けなくなったただ一人の相手とは、他ならぬ雌雄つけがたい浩瀚な日本文学史を書いて火花を散らした痩身の碩学小西甚一氏その人でありました。

 

芳賀徹氏を行司役とするこの短い鼎談の中で、わが国の能と謡に関して丁々発止と切り結ぶご両人の造詣の深さに感嘆しない読者は、恐らく一人もいないはずです。

 

 

なにゆえにかくも肩ひじ張って生きているのか十五夜よりも十三夜が好き 蝶人