蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

夢は第2の人生である 第3回

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西暦2013年睦月蝶人酔生夢死幾百夜

 

 

70)中国の戦地で孤立した私たちは、手弾を投げ尽くしてしまった。しかたなく地の果てまで逃亡すると雪が激しく降って来た。その場にうずくまって雪がやむのをまったが、しばらくして私はとうとう梶上等兵になった。

 

71)さっきまで見ていた夢を全部思い出すんだ、吐き出すんだ、とどこかで誰かが怒鳴っていたので、私は目が覚めた。

 

72)いつかどこかで行ったことがある懐かしい場所。その遠い思い出の場所に限りなく近づきながらも、私はそこにたどり着くことができないのだった。

 

73)おいらはあいつが憎らしくて殺したんだけれど、牢屋に入ったら国はロシアン・ルーレットでおいらたちを殺すんだ。たまったもんじゃあないぜ。と死刑囚の私は呟いた。

 

74)返品してくれよ、こんな欠陥商品を作りやがって。しかも修理したのにまた故障しやがって、なにが日本を代表する世界のトップ・メーカーだ。社長を出せ、社長を!

 

75)いくたびも、またいくたびも快楽の絶頂に達した吉行和子藤竜也の絶叫で、わたしは朝まで寝られなかった。

 

76)私たちはしばらく東シナ海をさまよっていたが、やがて同乗していた2人の若者は言葉も上手になったので大陸に残り、私は母国に帰還することにした。

 

77)私が乗り組んでいる潜水艦の艦長はちょっと変わった人物で、いつもなにやらブツブツ繰り返し言っている。注意して耳を傾けると、「大好きだお、真理ちゃん」と呟いているのだった。

 

78)訓練の時にも「敵艦見ゆ、大好きだおお、真理ちゃん」、「魚雷発射、大好きだお、お真理ちゃん」と号令をかけるので部下から馬鹿にされながらも愛されていた。

 

79)艦長は水兵は体を鍛えておかねばならぬという信念のもと、狭い艦内を陸上競技場にみたて、私たちを全力で疾走させるのだった。

 

80)さてその日は母港の地元民を艦に招待する日だったが、艦長はいきなり若くてきれいな女性の手をつかんで艦内に連れ込み、みずからあちこち案内して回った。

 

81)艦長は魚雷の格納庫の傍に彼女を引っ張り込んで、「ほらほら、これが水雷だ。こいつで敵さんのどてツぱらに風穴を開けるのだ」と言いながら、いきなりチュウしてしまった。

 

82)もうこれで何年になるのだろう。私は教団の責任者として毎日新幹線で東京と大阪を往復しているのだが、精も根も尽き果てた。「教祖」などとあがめられ、奉られても、その実態は1個のでくのぼうに過ぎなかったのである。

 

83)学校の卒業旅行は英国風のグランクルーズだったが、中東だかアフリカあたりで私は集団から脱落してしまった。ここはいったいどこなんだ。チュニジア?それともアルジェリア? 見たこともない風景が広がり、やたら暑い。

 

84)暑い砂の上に横たわっていると、奇妙な形をしたこれまでに見たこともない大中小のリスがやってきて食べ残しのパンをむさぼり食っている。と、その時黄色い巨大なそして異様に美しい網目ニシキヘビが、リスたちの背後でとぐろを巻いた。

 

85)私はある地方都市で市の広報誌の編集をまかされていたが、その仕事をロスの私立探偵フィリップ・マーロウの捜査と意識的に勘違いし紫のキャデラックに乗っていたのでさまざまなトラブルを引き起こすことになった。

 

86)私が下宿していたのはちょっと色っぽい元美人の姥名桜だったが、これが事あるごとに私に首を突っ込んでくるのだった。

 

87)ローマの皇帝がその教戒師である私にこう語った。6人の男女をとらまえて「3人の男は明日ライオンと闘え」と命じると、その前夜までには3つのカップルが誕生している、と。私が王国から略奪した3つの玉手箱は、セピア色に塗り替えられた。

私はジェットコースターの先頭に第一の玉手箱を置いてこれに跨り、「さあ発車するのだ」と号令をかけたが、玉手箱には車輪がないことと、私の2人の美貌の部下が、第2、第3の玉手箱に無事に跨っているかどうかを終始気に掛けていた。

 

88)しかし幸いなことにその不安は杞憂であった。私は安心してジェットコースターの突進に身を任せていたが、それがあまりにも天空高く登りすぎたためか、突如玉手箱もろとも地上めがけて真っ逆さまに転落した。

そして猛烈なスピードで地表に激突するまさにその瞬間に、私はもはや玉手箱の中身になんの関心もなく、2人の美少女にも全く欲望を覚えないことがわかった。

 

89)私は神保町の金ペン堂主人の薫陶を受け、長年の研鑽の末にずば抜けた性能を誇る万年筆を1本2千円で製造することに成功した。それから私は腐女子2名の支援よろしくこれを1本2万円でネット販売したので、ほんのいっときだけは大儲けしたのだった。

 

90)私は、喉の奥に生えているジャックの豆の木にぶらさがりながら、どこまでも、どこまでも降りていった。

 

91)26歳の美人秘書付きのオフィスを無料で貸してあげるけど、使いませんか?とある親切な方が申し出てくださったので、私は大川のほうに向かった。オフィスの近くに見慣れない2人の男が待ち受けてして、私を無理矢理銀座に連れて行こうとする。

 

92)仕方なくいいなりに成って見知らぬバアに入り、飲めないジャックダニエルを一口だけ舐めていたが、トイレに行く振りをしてうまく脱出することに成功した。

 

93)銀座の地下はものすごく深いところに地下鉄を含めた何層もの広大な地下通路が走っていて、それが大川の向こうまで走っていることを私は初めて知った。恐らく東京の地下には地上を上回る交通網がすでに敷かれているのだろう。

 

94)やっとこさっとこ前のオフィスに入っていくと、26歳の美人秘書の代わりに62歳くらいのおばさんが一人ぽつねんと座っていた。

 

95)私の嫁入り先は古い封建的な約束事が根強く息づいている地方だった。はじめは大人しくしていた私だったが、歳月の経過とともにだんだん本領を発揮して、ある日思い切って謎めいた埃だらけの部屋を開けた。

 

96)まるで江戸時代のような畳の奥座敷には虫に食われた帳簿が何冊も並べられていて、数人の男が会計の実務に従事していた。彼らは私を見ると驚いたが、帳簿を見た私がたちまちこの家の危機的な収支状況を把握したのを知ると、驚きをさらに新たにしたようだった。

 

97)第2の部屋、第3の部屋と次々に私が秘密の部屋を開けはなっていくと、誰かの注進でそれを聴きつけた夫が、まるで青髭公よろしく目を大きく見開いた。

 

98)眉目秀麗な彼は、若者を代表して「風次郎」役に選ばれた。この共同体のトップモードをさし示すという重要かつ誇らしい役目だ。

 

99)私は彼の補佐役をおおせつかり、丘の頂上に据え付けられたインカ帝国の祭壇のような席に座ると、古代の共同体の家や畑がアリのように小さく見渡せた。

 

100)全身紫ずくめの奇妙な恰好をした「風次郎」はすっくと立ち上がり、「これが俺たちの新しい制服だあ!」と叫ぶと、しばらくしてその声はこだまになって帰ってきた。

 

101)絢爛豪華な着物の裾から手を入れて豊かな乳房を鷲づかみすると、彼女は厳しい目で私を睨みつけたが、かといって自分から逃れようとはしないのだった。

 

102)まだ春だというのに夏型の大きなヒョウモンチョウが原っぱでゆらゆら動いている。この品種らしからぬ緩慢な動きだ。しかも巨大なヒョウモンの翅の上に別の種類の小型のヒョウモンチョウが乗っている。

 

103)私がなんなくその2匹のヒョウモンチョウを両手でつかまえ、これはもしかして2つとも本邦初の新種ではないかと胸を躍らせていると、半ズボン姿の健君も別の個体を捕まえてうれしそうに私に見せにきた。

 

104)それは確かにヒョウモンチョウの仲間には違いないが、いままでに見たこともない黄金色に輝いており、国蝶のオオムラサキを遥かに凌駕するほどの大きさに興奮はいやがうえにも高まるのだった。

 

105)私たちはバタバタと翅を動かしてあばれる巨大な蝶を懸命に両手で押さえつけていたのだが、それはみるみるうちにさらに大きな昆虫へと成長したので、もはや彼らを解放してやるほかはなかった。

 

106)しかし巨大蝶は逃げようとせず、その長い触角をゆらゆらと動かし、「さあ私のこの柔らかな胴体の上にまたがってみよ」、とでも言うようにその黒い瞳で私たち親子をじっと見詰めたので、まず半ズボン姿の健ちゃんがひらりと巨大蝶の巨大な胴体の上にまたがった。

 

107)息子に負けじと私も別の巨大蝶にまたがり、そのずんぐりとした黒い胴体をつかんでみると、あにはからんやそれはくろがねのような強度を持っていた。

 

108)私たちがそれぞれの大きなヒョウモンチョウに騎乗したことを確かめると、2匹の巨大な蝶はゆっくりと西本町の子供広場から離陸し、狭い盆地を一周すると、はるか地上の片隅に見慣れた故郷の街や家や寺山、銀色に輝く由良川の流れが見えた。

 

109)それから巨大な蝶は猛烈なスピードで故郷の街を遠ざかり、波がさかまく海をわたり、大空の高みを力強く飛翔しながら成層圏に達し、そこからまた猛烈なスピードで下降した。

 

110)ぐんぐん地表がちかづいたので、よく見るとそれは教科書の写真で見たことのある万里の長城だった。気がつくと巨大蝶の姿は消え、私たち二人だけが大空の真ん中にぽっかりうかんでいる。私たちは思わず手と手を握り合った。

 

111)しかし墜落はしない。無事に飛行は続いている。私たちはそのまま元来た空路をたどって故郷に帰還すると、そこには仲間の巨大蝶が勢ぞろいしていた。その後蝶たちは、住民の飛行機としての役目を半年間にわたってつとめたのちに、南に帰っていった。

 

 

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