蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

アリス・マンロー著「イラクサ」を読んで~「これでも詩かよ」第65番

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ある晴れた日に第203回&照る日曇る日第655回

 

 

耳をつんざく雷鳴。そして車軸を押し流すような豪雨が、

にわかに私たちだけの秘かな場所を用意する。

 

イラクサの鋭い穂先で、何度も何度も刺された私の太腿は、

あれからずいぶん歳月が流れたいまでも、折りに触れてちくちくと疼く。

 

長くのびた桟橋の先端で、突然唇に触れた荒れた唇

そのささくれだった奇妙な感触は、いまでも私の胸をひき裂く。

 

けれども、はじめは苦く痛々しかったそれは、

時の流れとともに、なにか別のものに姿を変える。

 

それは私の長過ぎた生涯の、たったひとつのいのちの輝き、

全身を震撼させた、君には一瞬、私には一生に一度のそのおののき。

 

いまにしてひとたび眼を閉じれば、たちまち蘇る楡の木陰の下で芽生える突然の欲望。

イラクサの葉の上でパチパチと爆ぜる肉の歓喜

 

セントエルモスの業火は赤々と燃えあがり、

青ざめた馬に跨った女たちは、第七の封印を解きはなつ。

 

ああ、私の果肉の真ん中に静かに定位している硬い粒よ!

私の阿古屋貝の内部でひそかに受肉しつづけてきた小さな真珠よ!

 

心とからだに消し難く刻まれたその疼きをつねに感受しながら、

私は、死ぬまで生きてゆくのだ。

 

 

なにゆえにことしはこんなに雪が降る溶けて流れて水になるため 蝶人