蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

小島信夫著「ラヴ・レター」を読んで

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照る日曇る日第711回

 

 

小島選手の最晩年のはちゃめちゃ短編集を読みました。

 

この小説家ほど自由奔放に小説の可能性を徹底的に追究した人はいないのではないでしょうか。

物語の中に物語が挿入されたり、主語が切り替わったり、講演が小説に変容したり、結末でもない箇所でいきなり読者を放り出したり、もうやりたい放題。

 

さりながら、身内の不幸に見舞われ、みずからも忍びよる老いの衰えと直面しつつも、文学に寄せる熱烈な愛と創造への情熱には、いささかの衰えもない。

 

さてその内容はといえば、「虚実皮膜のあわいを飛翔する」と書けば聞こえがいいけれど、当の本人が健忘症だかアルツハイマーだかの気味があるから、その表現の振幅はそうとう深いものがあり、時々めまいやライティング・ハイの状態に陥りますが、それでも独特の文学的香気とユーモアは失われません。

 

いうなれば名人の迷文。でも武者小路実篤のような迷人の迷文とは違いますよ。

 

さあもうどこへでも連れて行ってくれえ、鬼が出るか蛇が出るかあんたに任せた、

とでも言いたくなるような奇妙な浮遊感覚がかえって心地よいのは、うそかまことか、現実だか非現実だかもはや訳の分からない時空に、まぎれもない小説の本当の姿があるからかもしれません。

 

小説とはなにをどう書いてもいいのだ。そこにひとかけらの詩と真実が漂っていさえすれば。

そんな気持ちになって来るような、かろやかさ、希薄さ、アナーキーさ、融通無碍の世界がここにはありました。

 

 

なにゆえにわが子のシリトリは続かないの頭の中が尻切れトンボだから 蝶人