蝶人戯画録

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河出版「日本文学全集第21巻」を読んで

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照る日曇る日第821回

 

 最近の河出書房新社の文芸物は次々に新手の企画を打ち出していて、老舗の講談社の低迷ぶりと好対照をなしているようだ。

 

 池澤夏樹の個人編集による日本文学全集もその主力のひとつで、本21巻では、かつて朝日と読売のベトナム特派員であった日野啓三開高健の2人の行動派作家に焦点を当て、そのベトナム戦争ものを張り合わせるという意匠が興味深い。

 

 開高では、彼の代表作ともいうべき「輝ける闇」が掲載されているが、これは彼の実際のバトナム現地体験と命懸けの戦場体験に裏打ちされながらも、単なるドキュメンタリー作品の域を遥かに超えた臨場感と奥行のある見事な戦争文学として成立しており、かのマルローや堀田善衛ほどではないにしても、かなり読み応えがある。

 

 いっぽう日野の「“ベトコン”とは何か」は、小説ではなくベトナム特派員としての証言記録であるが、当時の南北対立や南政府の腐敗と堕落の構造を明快に浮き彫りにしていて、著者の非凡な観察と分析の繊鋭を雄弁に物語っている。

 

 けれども日野のその特性をより鮮やかに示しているのは、1968年に集英社から出版された「Living Zero」の主要部からの抜粋で、その凡人の及ばざる懐の深いトピックスの立て方もさることながら、そこで著者が駆使しているナイフのように乾いた鋭利な日本語は、青竜刀のように鈍重で大雑把な開高の文体と著しい対照をなしている。

 

   小池選の歌壇あるゆえ購読する読者もあると知れよ読売  蝶人